第153話 既定路線
エリエンが冒険者になりたいと言い出した時に、ショウゾウは強く反対した。
冒険者などという、危険で野蛮な稼業は、心の優しいエリエンには不向きであると思ったし、何よりそうした血なまぐさい世界には似合わないと考えたからだ。
昭和初期に生まれ、その時代の、ややもすると古臭いと言われてしまう考えの染みついたショウゾウにとっては、冒険者など女性のする商売ではなかった。
確かにこの世界にはスキルだとか、魔法だとか、男女の性差、体力差を覆すような力の存在があり、実際に女性の冒険者もかなりの割合で存在する。
だが、何も自ら進んで、あの狂暴かつ危険な魔物を命がけで狩ったり、無法者に混ざって、暴力沙汰もいとわないような種々の仕事などしなくてもいいのではないかとショウゾウは考えていたのであった。
さらにこの先、自分は更に多くの命を奪うような所業に身を染めなくてはならないし、共に行動することは、それこそエリエンの身に危険を招くことになるのは明白であった。
ヨゼフに守られて、大事に育てあげられたエリエンは世間知らずなところも多い。
だから、あえて凄惨な殺戮現場を見せ、宿坊の王族たちが辿った残酷な結末を隠さずに伝えたのだ。
ショウゾウはエリエンに幻滅してほしかった。
怖がられ、嫌われ、そして自ら、ショウゾウのもとを離れるとエリエンが決断してくれることを望んだのだった。
救出後、エリエンと袂を分かつのは、もはやショウゾウの中では、既定路線だったのである。
「どうして……」
身を微かに震わせながら、ようやくエリエンが口を開いた
もうだいぶ
ショウゾウはもう慣れたもので、表の世界である現世とそう変わらぬほどに移動が可能になっているが、初めての人間はその場にとどまることすら難しい。
「どうして、みんな、私を置いていなくなってしまうのですか? どうして、一緒に来いと言って下さらないんですか? ショウゾウさん、そんなに私は邪魔ですか!」
これほどに感情を
「そうだ。邪魔になる。儂はそう判断した。自分の身を守れぬ者は足手纏いでしかない。今回は無事救い出すことができたが、次は約束することはできぬ。今回のことでわかっただろうが、儂はおぬしが考えているような人間ではない」
少し厳しい言葉になってしまったが、これでいい。
エリエンは言葉に詰まり、今にも泣きだしそうな顔をした。
「この国は、これから未曽有の大混乱に見舞われることになる。それはもはや避けられぬ運命であるし、この時期にこの国を離れていることはきっとお前にとって最良の選択になるはずだ。そのことは、わかってくれるな?」
「……わかりません。わかるはずがないでしょう? 私にはもう、ショウゾウさん以外に誰もいない。あの地下牢にショウゾウさんが命がけで助けに来てくれた時、何もない真っ暗だった世界に一筋の光が差し込んできたように私は感じました。それまで、もう生きていたって仕方ない。このまま刑を受け入れようって思っていたのに、ショウゾウさんの顔を見た瞬間、ほんのもう少しだけ生きていたいって心から思えたんです。異国の地で、家族でも作って、幸せに暮らせ? そんなこと私にできるはずがない。皆に忌み嫌われて、避けられ続けてきた私がどこでどうやって幸せになれるというのですか。ヨランド・ゴディン師から聞きました。私の体を色濃く流れる呪われたヨールガンドゥの血が、敗れし神を信奉し続けた賊民の血が、周囲の多くの人々を遠ざけてしまうのだと。だから、どこに行ってもきっと同じ。私の居場所は、もうショウゾウさんのところにしかないんです。途中で見捨てるくらいなら、助けてなんかほしくなかった!」
エリエンは両の拳を強く握り、それを震わせながら思いを爆発させてきた。
ショウゾウはその懸命な様子を見て、なんと声をかけてよいものか、心底困ってしまった。
「ショウゾウさん、私の手を取ってください。人殺しでもいい。極悪人でもいい。私はショウゾウさんのそばにいたい! ショウゾウさん、……お願い!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔のエリエンが、両腕を広げ、必死に訴えかけてくる。
エリエンの体は徐々に浮かび上がり、どちらにせよ、手は取らねばならないのだが、そのあと、どのように説得すべきか迷った。
退官後、コンサルタント業を生業とし、人との交渉を主に得意としていたはずが、この小娘一人説得できないとは、本当に情けのないことだ。
ショウゾウはため息を一つ吐いて、エリエンのもとに行き、その手を握った。
「本当に頑固なところのある娘だ。だが、お前を巻き込む気がないことに変わりはない。おぬしの今後についてからは、≪
エリエンは、ショウゾウの懐に自ら飛び込むようにして、その服の背をぎゅっと握りしめ、「はい!」とうれしそうな声で返事をした。
ショウゾウもまたエリエンの体をしっかりと抱き、左手に持った杖に意識を集中させて、風魔法≪
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