第149話 消えた怪老
ヨランド・ゴディンの≪
王都で最も古い建造物のひとつと言われるこの大神殿は、その歴史も然ることながら、歴代の光王たちのオルディン神に対する信仰心の表れであり、その象徴でもあった。
歴代の光王たちは、競うように莫大な額の寄進をし、ノルディアス王国の芸術、美術の
その大神殿が、今や見るも無残な姿に変わり果ててしまっていた。
屋根は消し飛び、柱は折れ、周囲は一面、焼け焦げた瓦礫の山である。
オルディン神話の各場面を表現した多くの石像が用いられた庭園は荒れ果て、爆発と高熱によって発火した立木の類は今なお燃え続けている。
やがて、煙と土埃が晴れ、怪老ショウゾウがいたと思われる場所の状況が明らかになってくると、大魔法院の魔法使いたちは、喜色満面の笑みを浮かべ、互いに喜びを爆発させあった。
「見ろ。やはり、跡形もない。大師様の≪
「初めて、この目で見たが、凄まじい威力だった」
「悪を討ち滅ぼす正義の光。確かにこの目に焼き付けましたぞ。この戦いはきっと後世にも長く語り継がれることになろう」
そんな勝利の歓声に沸く弟子たちを≪大師≫ヨランド・ゴディンは複雑な面持ちで見つめていた。
ようやく、呼吸が整い、汗も止まりつつあったが、≪
「大師様、やりましたね。大きな被害が出てしまいましたが、あの怪老ショウゾウを討ったとなれば光王陛下もお喜びになりましょう」
「うむ。しかし、まだ油断は禁物であるぞ。あの爆発の光と煙の中、ショウゾウが息絶えたところをこの目で確認できたわけではない。大神殿の建物の中にいた者の安否確認や救出も急がねばならぬし、全体の被害状況も当然確かめねばならぬ」
「そ、そうでございましたね。このような深夜の時間帯であったので、それほど多くは無いでしょうが、確かに神官たちや当直の守衛の者などがいた可能性はありましたね」
「できれば、このような惨事は避けたかったが、私の力量では、あれ以上の制御は難しく、ショウゾウがああして大神殿の方に逃げてゆかねば、むしろお前たちの何人かを巻き込んでしまっていたかもしれない」
「大師様が気に病むことではないかと。そもそも我々が放った魔法のいずれかが、あのショウゾウに命中さえしておったならば、足止めできたうえに、退避の時間も取れました。師一人に大きな負担をおかけしたのは、ひとえに我々の未熟ゆえ。今後も一層精進いたします」
ここでようやく、オルディン大神殿に所属する
そしてその一団の中から彼らを統率する騎士団長のジョゼフ・クレマンスが数名の部下を引き連れ、ヨランド・ゴディンのもとにやってきた。
ジョゼフ・クレマンスは六十代半ばに差し掛かった老年の騎士で、他とは一線を画す立派な出で立ちをしている。
オルディン神のシンボルである十字と片目をモチーフにした紋章付きのマントを羽織り、騎士団長の地位にふさわしい華美な装飾のある白銀の鎧を身に着けていた。
「ヨランド師、ずいぶんと派手に暴れられましたな。それで、例の怪老が現れたのですな? 」
「うむ。歴史ある、神聖なる大神殿をこのような有様にしてしまい、おそらく人死にも出たであろうが、どうかご容赦願いたい。貴殿たちの到着を待ちたかったが、取り逃す恐れがあった故、我らのみでの対応となった。ショウゾウを討ったと胸を張りたいところではあるが、生死は不明だ。≪
「承知した。ヨランド師は、かなり消耗されているご様子。ショウゾウの生死の確認は我らにお任せくだされ。ショウゾウには、多くの神殿騎士が殺されており、できうるならば我らの手で仕留めたかったが、この様子では出番は無さそうですな。それでは……」
ジョゼフ・クレマンスとその部下たちは、ヨランド・ゴディンに敬意を示す目礼を示すと仲間たちのもとに戻っていった。
「大師様、なぜショウゾウを討ったと断言なさらなかったのですか?」
神殿騎士たちが戻っていく背を見送りながら、高弟のヤン・ヘラルトが尋ねた。
「断言しなかったのではない。できなかったのだ」
「それはどういう意味でしょうか」
「よいか。≪
「そうでしょうか? あのような爆発に巻き込まれては、爆風で吹き飛ばされたということも考えられますし、死体が見当たらないのも自然なことだと思いますが……」
「そうであれば善いがな。いずれにせよ、あとはジョゼフたち、神殿騎士団に任すとしよう。私は、私で確かめたいことがある」
「確かめたいこと……でございますか」
ヤン・ヘラルトの質問にヨランド・ゴディンが答えようとした瞬間――。
ドンッという大気を震わすような爆発音がして、その場にいた全員が肝をつぶした。
その音は、王族たちが滞在していた宿坊のあるあたりから発せられ、そちらの方向を振り返ったヨランド・ゴディンは思わず我が目を疑った。
今まさに確かめに行こうと思っていた、怪老ショウゾウによる惨劇の現場である宿坊が、まるで生き物のようにのた打つ黒い炎によって包まれているではないか。
あの≪
魔力が枯渇したところで、その源である命そのものまでが尽きることなどありえないことであったし、その死に至った原因をつきとめれば、万が一、ショウゾウがこの場から逃走して生きながらえていたとしても、その対抗策を練る材料になるのではないかと、ヨランド・ゴディンは思っていたのだ。
「まさか!」
ヨランド・ゴディンは、重く、疲労がのしかかった体を引きずるようにして、神殿騎士たちが瓦礫をどけたりなどの作業をしているオルディン大神殿の爆発跡に向かった。
そして、神殿騎士たちを押しのけ、ちょうどショウゾウがいた真下当たりの不自然なほど露になっている地面に這いつくばって、顔を近づけると、苦々し気な表情で呟いた。
「……
瓦礫が散乱し、焼け焦げた周囲の様子と異なり、ここだけ地面が整い、きれいすぎた。
まるで、一度掘り返し、その穴を覆土でもしたかのように。
ヨランド・ゴディンは、自らが脳裏に浮かべた推理に愕然とし、力ない拳で地面を二度叩いた。
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