第148話 大魔法院の大師

司王府の地下牢に閉じ込められているエリエンをいかに救い出すか。


ショウゾウがまず考えたのは、≪魔洞穴マデュラ≫を用いた、裏の世界ともいうべき≪虚界ヴォダス≫からの救出であった。


≪魔人≫や≪魔王具まおうぐ≫でもあり、使い魔でもあるナクアが使用することができる≪魔洞穴マデュラ≫を使って、≪虚界ヴォダス≫を通り、司王府の裏側まで行った後、エリエンだけを地下牢から連れ出し脱出する。


これが一番、危険が少なく、血が流れない方法であったのだが、アラーニェたちの指摘でこれは不可能な方法であることが分かった。


光王が住む王城や別天地は当然のこととして、オルディン大神殿や司王府などオルドの民と関りが強い場所などには、古よりオルディン神から秘伝として授けられた≪秘文字ルーン≫魔術と呼ばれる特殊な文字や記号を用いた術法による結界や仕掛けが施されており、≪魔洞穴マデュラ≫を使っての侵入は不可能であるということだった。


秘文字ルーン≫魔術は、≪魔人≫などの闇の眷属の侵入を拒む以外にも、その文字や記号の組み合わせで、様々な効果をもたらすらしく、その効力を無効にするためには、≪秘文字ルーン≫が刻まれた護符や木石などの物体そのものを破壊する必要がある。


司王府の各所に隠された≪秘文字ルーン≫を見つけ出し、その一つ一つを破壊して結界を解くのは至難の業であった。


闇がこのイルヴァースから姿を消し、光が地上に満ち溢れてから、気が遠くなるような月日が流れた。

闇を恐れる者は絶え、闇からの護身のための手段であった≪秘文字ルーン≫魔術はその役割を終えた。


秘文字ルーン≫魔術は、オルドの血を引く者であっても、その必要性の低下から、今の世では扱えるものはほとんどいないらしく、その存在すら忘れ去られつつあったために、その古い土地や建物のどの箇所に≪秘文字ルーン≫が込められていたのか把握しているような人間はほぼ皆無であるようだったのだ。



「ナクア! 聞こえぬか? ……やはりこれは、≪秘文字ルーン≫魔術とかいうものである可能性が高いな」


ショウゾウは、万が一のための脱出方法として、ナクアに声をかけたのだが、どうやら、この場所の≪虚界ヴォダス≫側にいるナクアとは意思疎通を阻害されてしまっているようだった。


ヨランド・ゴディンが、オルディン大神殿の敷地一杯に張り巡らせたこの光る巨大な魔法陣にある文字や記号。

これがおそらく≪秘文字ルーン≫であるようだった。


ヨランド・ゴディンは、魔法以外にも≪秘文字ルーン≫魔術も使う。

そう考えて間違いなさそうだ。


「皆の者! この老人こそが、怪老ショウゾウだ。近寄れば、≪魔力マナ≫を吸われるぞ。三十歩ほどの距離を保ち、それ以上近づくでない」


ヨランド・ゴディンは、集まってきた大魔法院の魔法使いたちにそう支持し、己は、何やら大掛かりな魔法の詠唱を開始した。


指示を受けた魔法使いたちもそれぞれが得意とする魔法の詠唱を始める。

百人近い魔法使いと同等の≪魔力マナ≫所持量を誇るショウゾウと異なり、普通の魔法使いは無詠唱では、すぐに体内の魔力切れを起こしてしまうのだ。


光矢カーヤス!」「光爆オラス」「火弾ボウ」「石弾スリッグ、喰らえ、化け物」……。


魔法使いたちの攻撃が開始された。


この≪秘文字ルーン≫を用いた六芒星の巨大魔法陣は、どうやらショウゾウ以外の魔法使い全員に何らかの力の付与をしているようで、敵それぞれが宿す≪魔力マナ≫が増大していくのがわかる。


魔法の効果もより大きく、安定しているようだった。


「接近して来ぬとなるとこの位置はまずいな」


ショウゾウは無詠唱かつ無称呼で、風魔法の飛翔ヴァンガーを使った。


ショウゾウの周りに風を帯びた魔力の流れが起きて、体が宙に浮く。

そしてすさまじい勢いで、オルディン大神殿の建物の上空に移動し、迫りくる数々の攻撃魔法から逃れた。

その移動の最中さなか、目まぐるしく思考を巡らし、先の展開の予想と作戦を立てる。


そして、それと同時に、巨大魔法陣から湧き出てくる≪魔力マナ≫の流れを観察することで、ショウゾウは瞬時にある仮説を立てた。


魔力マナ≫の流れは、その対象人物の一点に集められ、それから全身にいきわたっている。

どうやら彼らは、例の≪秘文字ルーン≫が刻まれた何かを所持していて、巨大魔法陣から送られてくる大自然の≪魔力マナ≫は、その所持品を介して、供給されているようだった。


「……峻厳たる天のいかづちよ。轟音を響かせ、邪悪を討つ正義の鉄槌たれ!≪天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫!!」


ヨランド・ゴディンの詠唱が終わり、命を賭した叫びのような魔法名の称呼とともにショウゾウに向かってその魔法は放たれた。


上空の雲が渦巻くように変化し、そこから幾筋もの稲光が発生したかと思うとそれが球状に寄り集まって、ショウゾウの真上から落ちてきた。


一瞬のことであった。


しかし、ショウゾウも全身の≪魔力≫を闇に属性反転させ、≪闇・魔法障壁デア・マディカ≫で全身の防御を図った。


魔法障壁マディカ≫は一般的な対魔法防御のための光魔法で、物質は透過してしまうが、魔法効果は妨げる効果がある。

対魔法使いの戦いでは有効な魔法で、伏魔殿で師事していたアラーニェの勧めで契約することにしたのだが、ショウゾウはそれをさらに闇魔法に反転させて使用した。


明滅する黒い光球がショウゾウを中心に展開し、ヨランド・ゴディンの≪天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫と激突した。


周囲の大気が激震し、空間が歪む。


それに耐えられなかったのかオルディン大神殿の建物が崩壊し始め、庭木などがその衝突により発生した高熱で発火した。


青白い輝きを放つ雷の玉は、闇と混じり合うような変化を見せたがやがて、跡形もなく爆ぜた。


高熱と爆発によって発生した大量の煙や土埃によって、ショウゾウがいたあたりの様子はうかがい知ることができなくなっていたが、少なくともその姿があったあたりには人影はなく、大魔法院の魔法使いたちは歓喜の声を上げた。


「さすが、大師様だ。これでは、どんな怪物であってもひとたまりもあるまい」


その場にいた全員がそう思い、師であるヨランド・ゴディンの方を振り返り、見た。


ヨランド・ゴディンは、顔から滝のような汗を流し、荒い息をして、今にも息絶えてしまいそうなほどに疲労困憊していた。

そして、右手に持っていた杖を掴んでいられなかったのかそれを落としてしまい、自身もゆっくりと地上に降り、膝をついた。


天威招雷ジャスア・ラ・ガーン≫は光魔法の最上級魔法の一つ。

大量の魔力を消費するために、巨大魔法陣から送られてくるそれを合算しても尚、命を削り、全魔力を絞り出す必要があった。

魔法効果の制御と安定は、他の魔法とは比較にはならず、そのあまりにも強大な威力から周辺の被害を最小限にするためには極限の集中と緊張を強いられたのだった。






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