第145話 闇の雨

エリエン救出の決行日に定めたその日の夜、王都に激しい雨が降った。


いや、その言い方は正確ではない。


ショウゾウが、≪水魔≫アンジェルにその雨を降らせるように頼んだのだ。


アンジェルは、神々の争いで敗北し、このイルヴァース世界から追放された水の魔法神の片割れリヤーン神と交信できる数少ない存在だった。


今の時代に存在している水魔法は、リヤーンの夫であり、オルディンの側に加担したエイギル神の系統の魔法であり、この≪雨乞いイスディ・ズィーガー≫のようないくつかの魔法は失われてしまっている。


アンジェルはその身に≪利水≫の恩寵を宿していることに加え、リヤーン神系統のこの失われた水魔法のすべてを使用することができる。


アンジェルによれば、これら魔法神たちがもつ魔法の力は、その祖である魔導神ロ・キによってその教えを受け、授かったものであるらしく、それぞれの神が術者と契約できる魔法の種類は限定的であるらしい。


すべての魔法を扱えるのは、魔導神ロ・キのみで、そういう意味では、この≪雨乞いイスディ・ズィーガー≫もショウゾウは契約することができたのだが、その扱いまでも完璧なものにするには時間がなかったので、やむなく≪水魔≫アンジェルの力を借りることにしたのだ。


≪水魔≫アンジェルは≪光≫に属する者たちにその存在を察知されぬように、王都には近づかず、全体を見渡せる小高い丘の上から、≪雨乞いイスディ・ズィーガー≫を使い、どす黒い雨雲でゼデルヘイムの上空を覆った。



王都に降る雨は、そこに暮らす人々の記憶にないほど激しく、そして異様なほどの雨量をもたらした。

それは石で舗装された大地を瞬く間に水浸しにし、都市の地下を走る水路を瞬く間にあふれさせるほどで、雨水を流す側溝ももはやその許容量を超え、用をなさなくなってしまっている。


打ちつける雨音で屋内の人間が会話しづらくなるほどの強雨。


月も照らさぬ、その闇の雨の中をショウゾウは、大魔法院があるオルディン大神殿に向かってひとり歩いていた。


黒い外套のフードを目深に被って、ずぶ濡れになって進む姿は、あたかも王都の風景の染みのようであった。


この凄まじい雨に加え、夜間ということもあり、オルディン大神殿の敷地の出入り口の扉は完全に閉まっていた。

衛兵たちの姿は見えず、すっかり静まり返っていた街中同様に、屋外に人の精気は感じられなかった。


ショウゾウは風魔法の≪浮遊ルーテ≫とスキル≪軽業LV2≫などを使って、塀をなんなく乗り越えると、敷地内に侵入し、王族たちが滞在しているという宿坊を目指した。


この宿坊は本来、国内各地の神殿からやってくる神官などの聖職者や参拝者のために作られた宿泊施設である。


口を割らせた騎士によれば、光魔法の素養に関する選別はすでに終わっており、この宿坊に残っているのは闇を感知する素質はあるものの、基礎的な研修が必要な者ばかりであるらしい。

その他の者はすでにそれぞれ割り当てられた任地に向かっており、この宿坊に滞在している王族の人数は、当初の五分の一ほどである、三十に満たないという話だ。

その中にエリエンを手籠めにしようとした王族もいるらしい。


ショウゾウの追跡に駆り出された王族は、現王であるヴィツェル十三世の実子や孫たちは含まれていない。

それらを除く、各家の役職を持たぬ十歳以上の全男子に限られるそうだ。



司王府の地下牢に囚われているエリエンを救出するのになぜこの場所を訪れたのかというと、それにはいくつか理由があった。


直接、司王府に行き、エリエンを救出するとなると、仮にそれが成功したとしても、異変に気が付いた神殿騎士たちに駆け付けられ包囲されてしまうと王都からの脱出が困難になってしまう。


まずは敵の戦力が集中しているこの場所を奇襲し、騒ぎを大きくした後の混乱に乗じて司王府のエリエンを救い出す方が手順としては正しいとショウゾウは考えた。


さらには、この地に集められた王族たちを一網打尽にできれば一石二鳥である。


この地の宿坊に残っている王族たちは、今はまだ未熟で戦力にはなりえない状態であろうが、この者たちが力をつけ、未来の敵対戦力に加わることを未然に防げれば、今後の展開に有利に働く。


「連中が儂のスキル≪オールドマン≫についての情報を得ていないとはいえ、一か所にを集めておくのは悪手であろう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る