第144話 闇の変革者

エヴィたち≪蜘蛛≫によると、司王府とは、光王家及び別天地に住まう王族たちの代わりに、この王都の一切を取り仕切る総合行政庁のようなもので、都市の自治と運営の要となる場所であるようだ。


司王府の長官の任命は、光王の承認のもと宰相が行い、王族である者のいずれかが就くのが習わしであるそうなのだが、宮廷での決定や意思をまつりごととして形にする実務的かつ重要な役職であり、文官の地位の中では、宰相、各国務大臣、内務卿、外務卿に次ぐ地位であるのだが、勤務地が別天地の外であるという理由で、王族たちの間では、この長官職は不人気であるらしい。



司王府は、人々の城門の出入りや市内の巡回など都市の治安を維持するための警察的組織としての役割も担っており、独自の兵力を持っている。


そのため、司王府の広い敷地内には、司王府と各部署のための建物のほかに、衛兵隊の詰め所があり、その警備は決して緩くはない。


加えて、その立地は、大魔法院やオルディン神を祀る大神殿からもそれほど離れていないため、≪闇の魔力マナ≫の存在を嗅ぎ取られた場合などには、時を置かずして、神殿騎士たちが殺到してくるであろうことは容易に予想できた。


司王府の地下牢に投獄されているエリエンを救い出すことは、闇魔法の使い手として着実に実力をつけ始めた今のメルクスにとっても相当のリスクと困難さが伴うものであった。


そのためか、メルクスの使い魔であるナクアを通じて、≪念話≫で相談した際も、≪蟲魔ちゅうま≫アラーニェは、このエリエン救出に難色を示した。


そして、人間の、それも身内ですらない小娘を救出するのにいかほどの価値があるのかと問われると、さすがのメルクスも答えに窮してしまったのである。



そもそもエリエンは、自分にとって一体どのような存在なのであろうか。


恩人の娘ではあり、束の間、活動を共にした仲間ではある。


だが、それだけだ。


メルクスにとって、他者は所詮、おのれの人生ものがたりの脇役にすぎず、企てを形にするためのコマにすぎない。

手駒としての重要度も、経験豊富な斥候せっこうであり、迷宮攻略に欠かせないレイザーに比べれば、エリエンはどうしても一段劣ってしまう。


情のようなものが移ってしまったかと言われればその通りだ。


元の世界で仕方なく作った、寄生することしか能が無かった家族のいずれかが、仮に同じように囚われていたとしても助けたいと考えたかは謎であったのだが、エリエンに関しては理屈ではなく、己の心がそうしてやりたいのだと感じているようであったのだ。


「闇の主としては、失格であろうな?」


そう問いかけたメルクスに、アラーニェは何も答えてはくれなかった。



迷宮攻略においては役に立つが、こうした人間相手の殺し合いにはレイザーたちは足手纏いになる。

守ってやれる余裕は今回は無さそうであるから、置いてきたわけであるが、そうなるとエリエン救出は単独で行うほか無さそうだった。


従えた≪魔人≫たちの力を借りれば、救出の難易度はかなり下がるが、今はまだその存在を≪光≫の側には知られたくはない。

切り札として伏せておきたいという理由以外にも、相手にはあくまで個の脅威であると思わせておきたかったのだ。


光王家が≪闇≫と見做す相手が怪老ショウゾウ以外にもいると知り、それなりの集団を形成し始めたことを感付かれてしまっては、互いの勢力の存亡をかけた本格的な全面戦争に発展してしまう恐れがある。


逃げ回り、小賢しい小虫を踏みつぶさんとする巨象のように、光王家にはもうしばらくは、どっしりと構えていてほしい。


それに、戦争というものはくだらないと、メルクスは常々考えていた。


特に支配地を争っての戦争など最悪だ。


戦争は、必ず死と破壊をもたらす。

土地の人間を殺し、その産業や文化、インフラをも破壊してしまう。


自ら手中に収めようと思うものを、自らの手で傷つけるなどという愚行は避けるべきで、もし仮に、この国を得たいと考えるならば、取り除くのは光王家とそれに連なる者たちだけで善い。


国をめぐって争うのではなく、首のすげ替えを行うことで、その国自体の変革をもたらす。


これがメルクスの意図するところであった。










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