第139話 光王ヴィツェル十三世
ノルディアス王国の現国王であるヴィツェル十三世は、その玉座にあって、眉間にある皺を一層深くし、苦悶の表情を浮かべていた。
怒りでその肩を震わし、落ち着かない様子で足を動かしている。
血走ったその
重苦しい空気が玉座の間に満ちて、眼前に列をなす廷臣たちは頭を垂れたまま跪き、身じろぎ一つしていない。
「……げ、原因は現在のところ不明でございます。一番最初にこの現象が起きたオースレンの三つの迷宮は特殊なケースであると思われていたところ、バッソンビエン、ガント、ハッセルト、スラン、エルシタルと、その各地にある迷宮が立て続けに消失し、国中が大騒ぎになっております。消失した迷宮からは、魔物たちが溢れ出し、治安が著しく悪化。地域の産業にも甚大な被害が出ているばかりか、我らに献上する魔石も確保が難しくなったと各領主からの陳情が届いております。街道の危険度が増し、流通が……」
「……もう
「は? しかし……。恐れながら……」
「良いと言っておる!黙れ。そのようなことを余の耳に入れてどうしようというのだ」
ヴィツェル十三世は立上り、列臣の先頭で侍る宰相のデュモルティエのもとに歩み寄ると、その胸ぐらをつかみ、無理矢理に立たせた。
それは、
ヴィツェル十三世の口や鼻の穴からは光る靄のようなものが漏れ出ていて、その全身も淡い光を帯びていた。
その光の持つ力の影響なのだろうか。
ヴィツェル十三世の周囲の空間が歪んで見え、玉座の間、いやこの王城全体が揺れているような感覚に襲われた。
「原因が不明だと? それを突き止め、対処するのが貴様ら、臣の務めではないか。その責務を怠り、報告だけして、何の意味があるというのだ。各地の迷宮は、領主貴族たちに貸し与えたもの。余の王国の宝にして、国の根幹であるぞ。それが今や失われようとしているならば、なぜ身命を賭してそれを防ごうとせぬのか。無能どもが、雁首を揃えおって! 余が聞きたいのは、それをいかに解決したのか、その一点のみだ」
聞く者に畏怖を与え、委縮させてしまう。
そういった不思議な効力を感じさせる声の響きだった。
心の弱い者は顔を上げることもできず、身動きひとつすることができなくなるような圧倒的な怒りの奔流が伝わってくる。
「ぐっ……くる…しい。おゆる……し……」
「……陛下!」
激昂したヴィツェル十三世は、宰相の喉が圧迫されるほどに胸ぐらを強く締め付け、大将軍のデルロスが止めに入らなければ危うく命を奪ってしまうところであった。
「ふん、このような無能の輩は死んでしまえばよかったのだ。デルロス、止めたのが余の信任厚きそなたでなければ、もろともに処罰するところであったぞ。デュモルティエ、命拾いしたな」
ヴィツェル十三世が身に帯びた光は消え、その顔には急に疲労の陰りが浮かぶ。
「……御慈悲を賜り……感謝いたします」
デュモルティエは首を押さえ、
息を荒くし、額に汗を浮かべた老いた王は、ようやく気が済んだようで、よろめきながらも自分の足で玉座に戻った。
「……よいか、相次ぐ迷宮消失は、まさしく国家存亡の危機につながる国の大事だ。与えられた役目、責務の壁を越え、この場にいる貴様らが全てを投げうつ覚悟で解決するのだ。まずは原因を突き止め、真相を明かした上で報告せよ。余は朗報以外はいらぬのだ。できぬ、失敗したなどといった言葉はすなわち貴様らの自身の破滅を呼ぶものと理解せよ」
ヴィツェル十三世はそう言い放つと、玉座を立ち、広間から去って行ってしまった。
王の姿が見えなくなると宰相のデュモルティエのもとに、大将軍のデルロスが近づいて来た。
「命拾いしましたな」
デルロスは小声でそうささやくと、デュモルティエが立ち上がるのに手を貸し、そして他の重臣たちと共に玉座の間から出るように促した。
デルロスたち、文武の重臣が向かったのは王への謁見前にも議論を交わすのに使った「英明の間」と呼ばれる会議のための部屋である。
中央の円卓に重臣のための二十四席が設けられており、その外側にさらにその倍の数の席がある。
中央の席には、現在、一つの空きがあり、それは外務卿のルシアンのものだった。
デルロスはその空席に目をやり、ため息を漏らすと各々、席に着くように呼び掛けた。
本来、皆を束ねる立場にあるのは、宰相のデュモルティエなのだが、先程の謁見ですっかり疲弊してしまっており、それを
この場にいる者たちは、それぞれ光王家の分家とも呼べるような特殊に設けられた家柄の者ばかりで、皆、光王家の濃すぎるほどに近い血縁でもある。
だが、それゆえに怪老ショウゾウなる闇の脅威が出現する以前は、互いに仲が悪く、より高位の席次を巡って競い合う関係であったのだ。
武官の頂点にあり第二席次であるデルロスと、宰相の地位で第一席次のデュモルティエも本来であればそうした権力闘争におけるライバル関係となるはずのところであるのだが、この二人は従兄弟でもありつつ、友人同士のような間柄でもあったため、そうした争いは起こらなかったのである。
さらに生粋の武人であると自負しているデルロスは、「宰相などといった肩が凝りそうな地位など俺は要らん」と今以上の出世を嫌う発言を公言してしまっている。
デルロスは、席に着いた重臣たちの顔を眺めたが、皆一様にその表情は暗かった。
怯え切り、精神的にもかなり疲弊してしまっているのが見て取れた。
謁見前の会議でも散々議論し尽くしたのだが、行方をくらました怪老ショウゾウの行方は依然として知れず、オースレンのオルディン神殿での虐殺事件を最後にその足取りはつかめていなかった。
国中に手配書を回しては見たものの、誤認逮捕が後を絶たず、王都に送られてくる老人の数は千近くに上った。
その一人一人を、≪闇の魔力≫を識別できる神殿騎士が判別し、取り調べを行っているのだが、今のところ何の成果もあげられていない。
迷宮の消失に関しても、迷宮について研究している学者や知識人たちによる組織を立ち上げさせ調査にあたらせているが、こちらも同様に何の進展も無い状態だ。
調べようにも、その迷宮そのものが消えて無くなってしまっているため、調査対象自体が無く、まだ消えていない迷宮を調べてもまったく理由らしいものは見当たらないという報告が上がっている。
ただ、学者たちの中に、「迷宮には寿命のようなものがあり、その長短は迷宮の難易度にある程度、依存しているのではないか」という学説を唱える者が出てきて、その考え方を支持する者とそれに反発する者とで意見の対立が起こっているそうだが、その説の正否さえも事態の解決にはまったく寄与するものではない。
「皆の者、さきほどの陛下の御言葉を聞いたであろう。このままでは我らの進退はおろかその生命すらも危うい。もはや、一刻の猶予もなく、せめて
重苦しい空気の中、まず最初に口を開いたのは、デュモルティエだった。
五十代も半ばに差し掛かったデュモルティエは、デルロスと一歳違いであるにもかかわらず、その頭髪は白く、かなり老け込んだ印象の外見をしていた。
かつてはデルロスと共に外征に赴き、ノルディアス王国の威光を示すとともに、数多くの戦功を立てた文武両道の臣であったが、今やその面影はない。
心労が重なっているためか顔色は悪く、どこかやつれて見えた。
「しかし、宰相殿。気持ちはわかるが、そのことについてはもうすでに議論を尽くしたはずだ。群衆に紛れこんで潜伏しているショウゾウを判別できるのは神殿騎士たちだけであるし、無駄に軍を動かしたところで目ぼしい成果は得られまいよ」
デルロスが諭すように言い、群臣たちも頷いている。
「陛下のあの憤る姿を見たであろう。光王家の当主にのみ代々引き継がれる力……。老いたりとはいえ、あの≪
デュモルティエの言葉が決してただの脅しではないことをその場にいた全員が理解していた。
平穏な治世においては鳴りを潜めてはいたが、ヴィツェル十三世の気性は元来、苛烈にして残忍、まさに征服者と呼ぶにふさわしい狂猛さを秘めたものであったことを皆心得ていたのだ。
先王の遺言により後継者たる地位を確かなものにしたその直後に、その身に宿った神の力で、反対派を粛正。
瞬く間に、宮廷を己が権力の巣へと作り変えてしまったのだ。
光王の絶対の権威はただその血筋の正しさによるものだけではない。
その身に宿る神の力を自由に行使できるというその王たる者の実力と恐怖によって生み出されたものであるのだ。
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