第136話 マイ・ロード!

F級ダンジョン≪悪神のうれい≫から噴き出した大量の水は翌日になっても、その勢いは衰える様子を見せなかった。

迷宮から出た水は濁流となり、同時に溢れ出した魔物の群れと共にゴバエ湖と付近の河川に流入し、その周辺の地形すらも大きく変形させていった。

その近隣には暴れ狂う濁流に飲みこまれたり、そこから陸に這い出てきた両棲の魔物に蹂躙されたりするという被害を被った集落がいくつも存在し、その被害状況は甚大なものになってしまった。


事態を深刻にとらえたバッソンビエンの領主が、自ら家臣たちを率いその対応に向かったが、目の前に広がった惨状に、どこから手を付けるべきであるか途方に暮れてしまったらしく、惨めに引き返してくる姿が街の人々によって目撃されたようである。

出水が止まるまでは、その付近で救出作業することすらも危険で、被害の拡大が予測される以上、人間ごときの力で為し得ることは何もないという判断であるようだった。



こうした混乱に乗じて次の迷宮がある土地へ向かうことにしたメルクスたちであったが、その移動方法について少し揉めた。


オースレンからこのリービエまでは、寝台に身体を縛り付けた状態で、魔法による空輸ともいうべき試験的やり方でやって来たのだが、それと同様の方法をとることにレイザーたちが難色を示したのだ。


そもそも空を飛ぶという行為が彼らの概念の中には微塵も無かったようで、墜落の衝撃と恐怖が相当なトラウマとして残ってしまったようである。

手頃な大きさの寝台が見つからなかったこともあり、その代用として荷車や戸板などを街中で探していたのだが、別な手段を考えようと二人揃って懇願してきたのだ。


「なんだ。情けない。あれしきのことがそんなに怖いのか? 目を閉じていれば、あっという間だっただろうが……」


「いや、そんなことはねえ。縛られて逃げられなかったこともあるが、あんな怖い目に遭ったのは俺の人生でもそうはねえ」


「そうですよ。僕なんか何度、オルディン様の名前を連呼したことか!生きた心地がしませんでしたよ」


「まったく、オルディンの名前なんぞ呼ぶから墜落したんだ。いいか、この方法が考え得るかぎりで一番速いんだ。少しは我慢しろ」


あくまでも強気のメルクスではあったが、あの移動方法には欠点が多く、揺れや寝台のがたつきなどから航空機の乗り心地とは程遠いと内心では満足していなかった。

あの不時着以来、何かもっといい手段はないか頭を悩めていたのだ。


「……わたしにもっといい考えがございますよ。マイ・ロード!」


市場のある路地の一角で立ったまま論議をしていたメルクスたちに、一人の少女が声をかけてきた。


その少女の年の頃は、十歳前後くらいであろうか。

褐色の肌に、燃えるような紅い髪。

愛らしい顔の造作に、不似合いなほど老成したような暗い赤色の双眸を持つ、何とも目立つ風貌をしていた。


それでも一応は地味なベージュ色の外套を着るなどして旅人風を装ってはいたものの、その正体を知っているがゆえであろうか、風景の中で浮いているように見えてしまう。


「ずいぶんとあっさり現れたな。その外見は割と目立っておるように感じるが、そのような調子では人目につかぬか?」


「メルクス様には言われたくありませんね。漆黒の髪に、そのお顔立ち、自分では気が付いていないようですが、とても目立っておられますよ。一目で異国人だとわかるし、なにより美男ハンサムでいらっしゃられる」


「おいおい、メルクスさん、この女の子は一体何者なんだ。知り合いなのか?」


視線を交わしながら、まるで探り合いをしている様子の二人にレイザーが割って入る。


「ああ、紹介しよう。この娘は、アンジェル。その、何と言ったらいいかな。……あのアラーニェやグロアと一緒だ」


メルクスの言わんとしていることが理解できたのかエリックの顔が少し青ざめ、引き攣った。

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