第135話 蟻の戦い方

ショウゾウは、老人の姿からメルクスの姿に戻り、レイザーたちと共にバッソンビエン男爵の館があるリービエの街を訪れた。


酒場や建物の壁など街の至る所に、怪老ショウゾウの似顔絵のついた手配書が貼られていたが、この精悍で端正な顔立ちの若者がまさにその手配中の老人であろうとは、誰も気が付かなかった。

同行するレイザーとエリックにしても、オースレンのオルディン神殿の事件において生死不明となっており、手配まではかけられていなかったことからこの三人が、何者であるかなど誰も興味を持つはずが無かったのである。


商人メルクスとその護衛。

この街には、商品の買い付けにやってきたと、メルクスは都市の番兵に、商業ギルドが発行した許可証を見せて説明したが、何も尋ねられることは無くあっさりとリービエへの入場を許可された。


リービエは、ゴバエ湖でとれる魚の干物や貝などが特産品で、領内の迷宮でとれる魔物由来資源もなかなかに変わったものが多いため、この街を訪れる商人の数も割と多いのだ。


加えて、F級ダンジョン≪悪神のうれい≫から噴き出した大量の水がもたらした災害への対応で人手がかき集められていた影響で、都市の入場を管理するための検問も手薄になり、少ない番兵しか配置されていなかった。

番兵たちは忙しそうにしていて、無駄口を叩く余裕などなかったのである。


リービエに入ったメルクスたちは、割と上等な宿を取り、迷宮攻略の疲れを癒すことにした。

このリービエで再び旅の支度を整え、また次の迷宮に向かう予定である。



「えっ、この盾、僕が貰ってしまってもいいんですか?」


≪悪神のうれい≫のボスモンスターの初ドロップ品であった≪赤鱗せきりんの大盾≫を手に、エリックが目を輝かせて言った。


「すごい!こんなに大きくて頑丈そうなのにまるで重さを感じない」


「それだけではないぞ。その盾には自動修復する力も秘められていて、傷がついてもしばらくすれば直ってしまうもののようだ。他にも水の魔力を秘めているので、儂の杖や≪老魔ろうまの指輪≫と同様に魔法を発動させる際の増幅器としての機能も持っておる」


「すごいな。ショ……じゃなかったメルクスさん、こんなに貴重なものを頂いても本当によろしいんですか……。魔法の発動にも使えるなら僕よりもエリエンさんの方が……」


そう言いかけて、エリックは思わず口をつぐんだ。

一瞬、室内が静まり返り、愛用のダガーの手入れをしていたレイザーも思わず手を止めた。


「その……こんなこと聞いていいかわからないけど、エリエンさんはどうなっちゃったんですかね。僕たちは助け出してもらったけど、エリエンさんは……」


「エリエンは、無事だ。アラーニェが各地に放ったいる間者、≪蜘蛛≫というらしいのだが、その知らせによれば、大魔法院の≪大師≫ヨランド・ゴディンのもとで庇護を受けているそうだ。不幸中の幸いなのだが、取り調べは受けたものの、おぬしたちのように監禁されたり、拷問を受けたりということは無いらしい。国内の魔法使いの総本山である大魔法院とは、さすがの光王家も事を構えたくはなかったのだろう。鬼籍に入ったヨゼフがあの世からエリエンを守ってくれたのやもしれぬな」


「エリエンさんは救出しなくてもいいのですか?」


「まあ、軟禁同然の不自由な身の上であろうが、神殿騎士たちに追われる我らに比べれば安全な状態であるといえるし、現実問題として、救出は不可能だ。かえってエリエンを危険に晒してしまう」


「そうでしょうか? さきほどの迷宮でも思いましたが、今のメルクスさんなら誰にも負けないんじゃないかっていうくらい凄かったですけど……」


「いや、それは大きな間違いだ。上には上がいる。実際に戦ってみたらどうなるかはわからないが、さきほど話した大魔法院の≪大師≫ヨランド・ゴディンなどは、目の前にした時に、正直、勝てるかどうか確信が持てなかった。俺は魔法使いとしては駆け出しも良いところ。高位の≪滅炎嵐陣ドラローア≫を契約はしてみたものの、まだ完全には使いこなせておらぬし、闇魔法の恩恵を考慮しなければ、魔法使いとしては三流も良いところだ。剣士としても未熟であるし、何より個人の勇など、巨大な組織を前にすれば、何も意味をなさない。光王家がもつ権力と所有する戦力の全容を把握できていない以上、危ない橋を渡るわけにはいかないのだ」


「そ、そういうものでしょうか」


「このノルディアスという強国を象に見立てるならば、俺たちはその足元を這いまわる蟻に過ぎない。光王家はその巨体ゆえに動きが遅く、またああして王都に籠って、配下の者たちに対応を任せっきりにしているが、もし本腰を入れて、俺たちを討滅する気になったなら、まだどのような隠し玉を持っておるかわからないからな。だから、俺たちは奴らの本拠地に近づく愚を犯さず、蟻の戦い方に徹するべきなのだ。エリックよ、エリエンのことは今しばらく待っていろ。いずれ何とかしてやるつもりだ」


強い決意がこもった言葉に、エリックは頷き、口をつぐんだ。

そして、≪赤鱗せきりんの大盾≫を大事そうに懐に抱えながら、憧憬と尊敬を帯びた眼差しでメルクスをひたすら眺めていた。


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