第133話 悪神の憂いと水魔

「手筈通り、お前たちは引き返し、≪休息所≫で待機していてくれ。地元の冒険者たちに絡まれるかもしれんが、適当にやり過ごして儂が戻って来るのを待て。何があっても絶対に≪休息所≫から出るなよ。溢れ出した大量の魔物に襲われることになるからな。間違いなく死ぬぞ」


レイザーたちにそう言い残して、ショウゾウはボスモンスターの待つ扉の中に入っていった。


扉の中は天井の高い空洞になっており、つららのように伸びた鍾乳石、床に立つ石筍が多くみられた。

部屋の大半は水没していて、澄んだ青い地底湖のような風景が広がっていた。


その水辺に、何やら円形の魔法陣のようなものが刻まれた台座があったが何のためにあるのかはわからない。


見たところ、ボスモンスターの姿は無く、どうやら討伐された後であるらしく、再出現リポップを待たねばならないようだった。


「どのような魔物なのか、殺した連中に聞いておくのであったな……」


ショウゾウは≪石魔せきまの杖≫を抱くようにして、手頃な岩を背に腰を下ろした。



数時間ほどが経ったであろうか。


先ほどの台座の上に、小さな丸い肉塊が出現して、それがあっという間に膨れ上がり、一匹の魔物の姿になった。


それは全身が赤い鱗に覆われた、半魚人のような見た目であった。

下半身は魚類のように足が無く、手には水かきが付いていた。

乳房があることから雌であるようだが、その顔はオコゼのような感じで、どこか愛嬌はあるが醜い。

ショウゾウを見下すほどの巨躯で、かなり圧迫感がある見た目だった。


『人の心の底に隠された≪憂い≫を暴きし者……闇の解放者よ。よくぞ来た。力を示し、我を、光の封印から解き放ち給え』


「ふむ、いかつい見た目の割に可愛い声だな。正直、戦う気が萎えてしまった」


ショウゾウは苦笑いを浮かべながら、小剣を抜いた。


『戯言を……。我が力侮るでない!』


半魚人が、突如、耳をつんざく様な叫び声を上げた。

その絶叫は凄まじく、不意を衝かれたショウゾウは一瞬、怯んでしまった。


「ぐっ」


本能的な反射反応で身が強張り、思わず耳を塞ぎたくなる。


そのわずかな隙を見逃さず半魚人が突進してくる。

尾びれで力強く地面を蹴り、まるでオットセイやアシカのような移動手段ではあったが、二足に負けぬ速度で迫り、鋭い歯が並ぶあぎとでショウゾウの喉笛を噛みちぎろうとしてくる。


ショウゾウはそれを自身の左腕で差し出すことで防ぎ、同時にスキル≪オールドマン≫を発動させた。


半魚人はショウゾウの腕に嚙みついたが、己の精気を吸われたことに気が付いたのか、即座に離れ、身を翻すと素早く地底湖の中に逃げ込んだ。


「吸いきれなかったか。やるな!」


ショウゾウは、奪った精気と蓄積している精気で腕の傷を即座に直すと、半魚人を追って、水際に駆け寄った。


「変幻自在なる水よ。闇の求めに応じ、結び、凍てつけ。その姿を凝固させよ。≪闇・氷結デア・シャラ≫」


杖先から出た闇を孕む凍気とうきが、湖面を伝い、その深部までも結氷けっぴょうさせていく。

氷の部分があっという間に増大していき、ショウゾウはそれを足場にしながら、水面に浮かぶ半魚人の影を追った。


瞬く間に迫る氷に、徐々に逃げ場を失い半魚人は慌てて空中高くに跳ね上がった。


「チェックメイトだ!闇より出でて、彼方の敵を穿て、真なる火よ。闇火弾デア・ボウ!」


確実に仕留めるため、凍った湖面に落下するその瞬間を狙って、闇魔法を発動させる。

黒い炎弾が、摩擦音が聞こえるほどの速度で、半魚人目掛けて飛んでいく。


命中の瞬間、漆黒の炎が爆ぜ、飛び散った火が半魚人の表皮をまるで生きているかのように這う。

赤い鱗は焼けただれ、捲り上がり、その下の肉も瞬く間に炭化させていく。


半魚人は何とか火を消そうと再び水中に戻ろうとするが、途中で力尽き、動かなくなった。


絶命したのだろう。

その死体は黒い炎と共に掻き消え、その後に先ほどの赤い鱗を加工して作ったような盾が出現した。

どうやら、これがここのボスモンスターの初ドロップ品であったようだ。

いつの間にかLV2になっていた≪鑑定≫で見ると次のようなものであることが分かる。


赤鱗せきりんの大盾≫

魔王具。水の魔力が宿った大盾。自動修復能力があり、軽く、丈夫で、並の金属盾をはるかにしのぐ強度を誇る。


「盾か。儂はいらんな。エリックにでもやるとするか」


ショウゾウはそう呟きながら、それを拾い上げると、陸に戻り、≪闇・氷結デア・シャラ≫を解除した。

闇・氷結デア・シャラ≫によって作られた氷は、解除後もすぐに解けたりせず、どうやらしばらくはこのままのようだった。



『……封印をといてくれてありがとう』


円形の台座の上に現れたのは、まだ年端も行かぬ少女だった。

赤い髪と目に、褐色の肌。

半透明の幽霊のような見た目だが、その服装や装飾具などから高い身分の者であることが分かる。


「ずいぶんと口調が変わったようだが、お前さんは何者じゃ?」


『わたしは、≪水魔≫アンジェルよ。話し方はこれが素なの。おかしいかしら?』


「いや、その見た目であれば、年相応じゃろう。別におかしくはない」


『そう、それはよかったわ。迷宮の守護者らしく話してみても、この声でしょう。やっぱり合わないものね。闇の主、ほんとうはあなたよりもずっと年上なのだけれど、この話し方にすることにするわ』


「闇の主か……。そうなると、おぬしも儂の眷属になることを希望しておるのか?」


「はい、マイ・ロード。身命を賭してお仕えいたします」


「ふむ、このような子供の見た目であるそなたにどのような力があるのかはわからんが、『おぬしを眷属の端に加える』、これでいいのであったな」


『その言質たしかに!受肉し、魔人となった後、必ずや駆けつけます。決して、足手まといにはなりませんよ。お約束します!』


≪水魔≫アンジェルは満面の笑みを浮かべてそう言うと、他の迷宮の守護者たち同様に忽然と姿を消した。

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