第五章 血の動乱と闇の変革者

第130話 血の通過儀礼

メルクスたちが不時着した場所は、ノルディアス王国の南部に位置するバッソンビエン男爵領にある迷宮の近くの山林だった。


バッソンビエン男爵領は、オースレンを支配するグリュミオール侯爵家の領土の半分ほどの広さで、所有する迷宮も一つ。

隣接しているゴバエ湖での漁業と迷宮から得られる資源が主な財源である。


このバッソンビエンにある迷宮の難易度はF級。

広さもそこそこあり、出現する魔物もそれほど強くないため、地元の冒険者たちの安全かつ安定した収入源となっている。


それゆえに余所者に対する目は厳しく、メルクスたちは、迷宮内で行き会った冒険者たちにさっそく声をかけられてしまった。


「おい、見ない顔だが、どこから来たんだ。連れもそんな目出し帽で顔を隠したりして、怪しい奴らだな。」


その冒険者たちのリーダーらしき男が、先頭を行くショウゾウの肩を掴み、引き留めるとその仲間たちが周りを取り囲んできた。

どうやら地元の≪迷宮漁り≫の冒険者のようだった。

男が五人。見た目の年齢からするとかなりベテランそうな感じだった。


「やれやれ、この手の奴らはどこにでもいるんだな」


ショウゾウはいきなり腰の小剣を抜くと、何のためらいもなく、目の前の男の胴体に突き刺した。

そして、その場にいる誰もが何が起こったのか理解できぬ間に、その刃を引抜いて、魔法使い風の装備の男を一振りで切り捨てた。


その迅速な身のこなしは明らかに高齢者のものではなく、熟練した剣士の如く正確で、無駄が無かった。


「お前たち、こんなことして……」


仲間の一人がようやく身の危険に気が付き、得物に手をかけたが、レイザーが投げた大型ダガーが喉に突き刺さり、そのまま仰向けに倒れた。

それは阿吽の呼吸であり、予め示し合わせたものでも、合図などによるものでもなかった。


ショウゾウは、レイザーが仕留めた男の方には目も向けず、一番離れた場所に立っていた軽鎧の若者に襲い掛かった。二合打ち合い。

そして、首を刎ねた。

相手は両手持ち、自身は片手持ちという状態ではあったが、打ち合いではむしろ圧倒し、レベルの違いを見せつけた。


「み、みんな。どうして、こんなことを……」


エリックだけが、事情を呑み込めずにあたふたしており、そのエリックに向かって、最後の一人が襲い掛かった。


火弾ボウ……」


「うわっ!」


ショウゾウの左手に持つ杖の先から飛び出した火球は、頭を抱えてしゃがみ込んだエリックのすぐ傍を抜け、両刃の剣を手に襲い掛かろうとしていた男に命中した。

男は火球の勢いに吹き飛ばされ、火に巻かれながら床の上を転がった。


「エリック、大丈夫か?」


「ショウゾウさん、どうしてこんなことを?彼らはただ僕らの素性を確認しようとしていただけだった。何も、ここまでする必要は……」


エリックの声は震えており、かなり衝撃を受けてしまったようだった。


しかし、これはショウゾウにとって狙い通りで、この迷宮を巡る旅の、できうるならば最初の方でこの状況を作り出したいと考えていた。


これは、いわば最終意思確認。

エリックが今後、付いてこられるかどうかの試金石だったのだ。


「エリック、見ろ。儂が最初に胴を突き刺した男は、虫の息だがまだ生きておる。あのまま放っておいても死ぬが、苦しませるのもかわいそうだ。止めを刺してやれ」


「ぼ、僕がですか?」


「そうだ。お前がやるのだ」


ショウゾウは自分の小剣を、強引に手渡し、エリックの潤む両目を見据えて言った。


「……やめろ。く、来るな……」


胴体に深手を負った男が這って逃げようとするのをエリックはゆっくりとした足取りで追っていったが途中で立ち止まり、ショウゾウの方を振り返った。

小剣を持つ手は震え、歯がカチカチと鳴っていた。


逃げようとしていた男も限界が来たのか、荒い息をしたまま、こちらに背を向けて動かない。


「無理強いはせん。できないなら、やらなくても良いのだぞ。このまま、南の国境を越え、他国で人生をやり直すのも、おぬしの若さであれば、それも悪くはない。儂がこれから歩む道は冥府魔道と紛うかたなき、修羅の道だ。殺し合い、奪い合い、その先に待つのは栄光ではなく無残な非業の死という結果も当然に在り得る。儂について来てくれるとおぬしが言ってくれた時はまことに嬉しかったが、それは同時に儂の本性を知らぬからだとも思った。このように、儂は目的のためなら、人の命を奪うことも厭わぬような人間だ。今殺めた相手にも微塵も罪悪感などは感じていない。どうじゃ、幻滅したであろう。考え直すのであれば、これが最後のチャンスだ」


「……僕は、恐ろしい」


「そうか、ではその小剣を儂に返せ。試すような真似をして悪かったな」


「違う! 僕が恐ろしいのはこの手を血に染める事じゃない。あなたに見限られてしまうことなんだ。誰も、彼もが僕のこと、臆病で、どんくさい、図体がでかいだけの間抜けだって馬鹿にしてきた。実の親も、兄弟も、同じ村の人たちも、誰一人として僕を褒めてはくれなかった。無駄飯食いの役立たず。僕の居場所はどこにも存在していなかった。村を飛び出して冒険者になってからも、なかなか他のパーティには入れてもらえなかったし、同郷の≪希望の光≫というパーティでも虐めに耐えかねてやめてしまった。そんな僕をショウゾウさんはたくさん褒めてくれたし、決して馬鹿にするようなことは言わなかった。僕はショウゾウさんを心から慕ってます。たとえ、どんな悪人だったとしても僕にとっては大事な人だし、役に立つって思われたい。だから……」


エリックはもはやぴくりとも動かない男のもとに大股で歩いて行き、そして両手でしっかり柄を握ると、男の無防備な背に全体重を乗せて、一気に突き刺した。


骨をも断ったような鈍い音がして、男の断末魔の呻きが聞こえた。

どうやら、まだ息があったらしく、エリックの一撃が止めとなったようだった。


エリックはため息とも、深呼吸ともつかぬ大きな息を一つ吐いて、小剣を引き抜くと、それを両手に乗せ、ショウゾウの前に差し出した。


エリックの目にはもはや迷いはなく、いつしか震えも止まっていた。


「ショウゾウさん、これで僕も連れて行ってくれますか? これで……一人前だって認めてくれますか?」


「ああ。おぬしの覚悟、確かに見届けたぞ」


ショウゾウは小剣をエリックから受け取ると、刃に付いた血を振り落とし、鞘の中に納めた。

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