第129話 革命の火種

このイルヴァースという異世界での旅は、基本的に徒歩や馬で行われている。


魔法使いの中でも限られた、ごく一部の実力者は、≪飛翔ヴァンガー≫などの手段によって移動することも無くは無いそうなのだが、魔力マナの消費量、魔法効果の安定化や維持の困難さから、あまり長距離での移動には用いられていないというのが実際のところであるようなのだ。

スキル≪オールドマン≫によって、魔道士十数人分もの魔力マナを所持するに至ったショウゾウとは異なり、例え技量において熟達の魔法使いではあっても、飛行魔法の魔力消費量の大きさから、途中で墜落するなどのリスクがあるほか、目的地に着いた時には大きく消耗してしまっているということになりかねないからだ。


元の世界でもそうだったと思うのだが、初めて馬に乗って移動しようと考えた人間は、おそらく無謀の塊のような人物であったことだろう。

だが、その人物のおおよそ常軌を逸した挑戦により、情報の伝達、輸送などが関わる様々な分野での革命が起きたのだ。


ショウゾウは、この複数魔法の並列行使による飛行実験もそうしたある種の革命的試みのひとつであると考えていた。


高速での移動手段の確立は、この国を支配している光王家、ひいてはそのめいで動いている神殿騎士団たちの対応の裏をかく上で、多大なアドバンテージをもたらす。


このノルディアス王国はあまりにも広大で、徒歩や馬の伝令では各地方で起きたことを知るのに何日もかかってしまうし、そこから各地に派兵するのでは対応が後手後手になってしまうであろうことは明らかであった。


ノルディアスを支配する≪光≫の勢力に潜在する弱点の一つだと思われるのは、代々受け継がれるそのオルドの純粋な血統を守るべく貫かれて来た排他的な純血主義、そして王族特有の事情などによって、その脅威となる≪使徒≫の力の継承者の数が限られていることである。


オルディン神殿で起きた神殿騎士の虐殺に対しても、差し向けられたのは神殿騎士と闇に抗う力を持たぬ一般の軍卒ばかりであった。

オルドの純血に近いという王族の派遣も一人だけであったし、その血に宿る≪光≫の力もそれを行使するための修練を積んでいないのか、≪闇の魔力マナ≫を反転させただけのショウゾウが、滞在中の領主の城の目と鼻の先まで近づいてもまったく気が付いた様子すらなかったのだ。


太古の昔、神々同士がその覇権を争った時代の≪光の使徒≫たちは、≪闇の魔力マナ≫だけでなく、その魂に帯びた闇の気でさえも感知していたとアラーニェは語っていたが、今の時代の王族、少なくともオースレンに派遣されてきた者にはその力は備わっていなかったらしい。


その実体験から、≪光≫の勢力の力の実態は、闇の眷属たちが恐れるかつてほどではなくなっており、確固たる支配と平穏な治世の過程で、かなり後退してしまっているのではないかとショウゾウは推理していた。

そして、その推理が的を得ているかを確かめるために、今回の計画を思いついたと言っても過言ではなかったのだ。


王都から遠ざかるほどに闇に対する備えが薄く、対処にあたる人材も不足しているとするならば、領土全体で問題が起こった場合、そのすべてに対応できなくなるのは時間の問題ではないのだろうか。

無理に対応しようとすれば、中央の限られた戦力を各地に分散することになり、そうなれば王都は裸同然になる。

その時こそ、好機が到来するとそう考えたのだった。


国中に点在する迷宮の消滅と魔人たちの解放によって、王都に閉じこもっている光王家の者どもをあぶり出す革命の火種とする。


それがメルクスの計画の根幹であり、大望を成し遂げるための第一歩でもあった。



「それにしてもショウゾウさん、……おっと、メルクスって呼ぶんだったな。そろそろ俺たちにも詳しい説明をしてくれないか? 今さらなぜ、各地の迷宮を巡る必要があるのか、そこがどうにも腑に落ちない。≪魔人≫云々の話もちんぷんかんぷんだし、具体的な目的を聞かせてくれないか。冒険者は廃業だし、ギルドにも出入りはできない。ドロップ品を手に入れても、お尋ね者の状況じゃ、金に変えるのも一苦労だぜ」


山の中腹で木々に激突し、大きく破損した寝台の残骸で作った焚き火にあたりながら、レイザーが尋ねて来た。


「そうだな。だが、俺の目的は金じゃない。これから先のことを考えれば、金はいくらでもあるに越したことは無いが、実はあのアラーニェが裏で仕切っている組織の前身だった犯罪組織が、賭博、売春、さらには殺しや脅迫の請負などによって、相当な財を貯め込んでいたらしくてな。今のところの活動資金には困っていないというのが実情だ。お前たちに支払う報酬もそこから出す」


「報酬ですか……。でも、いくら金を貰っても使う場所が無いんじゃしょうがないですよね」


魔法の鞄マジックバッグ≫に入れて持ってきていた、配られた食料を口に運びながら、エリックが暗い顔で呟く。


「まあ、そんなに暗い顔をするな。今にお前たちの境遇も改善してやる。この迷宮を巡る旅はそのためのものでもあるのだ」


「ますます、わからないな。あんたは各地の迷宮を巡ってどうしようというんだ?」


「そうだな、どう説明すれば善いか……。お前たちには隠していたが、実は俺にはもう一つ秘密があってな。オースレンの複合迷宮のうち、その三つを消滅させたのは、俺だ」


「えっ、そうなんですか!」


「ああ、これは本当の話だ。迷宮の最深部にいるボスモンスターを俺一人で倒すと、そこに封じられていた≪魔人≫の魂を解放することができるのだが、それと同時に迷宮は消滅してしまうようなのだ。あのアラーニェやグロア、それともう一人、シメオンという奴がいるのだが、この三人は消滅した三迷宮から解き放たれ、その後、人の姿を得た」


「なるほど。俺は、迷宮の消滅にショウゾウさんが何がしか関わっているんじゃないかとは思っていたが、よもやそんな≪魔人≫だとかいう連中が出て来る話になるとは思いもよらなかったぜ。あの薄気味が悪い≪魔人≫たちが一体何者なのか、あんたは把握しきれているのか?」


「いや、正直言って、今でも奴らが信用できる相手なのか見極めておるところだ。ただ、確かなのは≪魔人≫たちが、光王家を含むこのノルディアス王国の支配者たちと敵対しているということ。普通の人間には無い人知を超えた力を有してることの二つだ。≪魔人≫たちは、この国の者たちが悪神と呼ぶヨートゥンという神の力の一部であったらしく、それが自我を持ち、独自に活動しているようなのだが、おぬしたちはヨートゥンを知っておるか?」


「それはもちろんですよ。小さい時に、おばあちゃんによく聞かされました。かつてこの地を支配していた人喰いの悪い神様ですよね? 悪戯をすると頭から食われるぞって、よく脅されました。たしか、光の神であるオルディンとそれに従う光の王の軍勢に退治された。そして、このノルディアスは悪しき神から解放されて、光に満ちた素晴らしい国になったんだって。これは子供でも知ってる常識ですよ」


エリックの話に、レイザーも頷く。

≪魔人≫たちの話とは違うが、どうやら、この国に暮らす人々の間ではそれが真実であると、幼い時などから言い聞かせられて育っているらしい。


「悪しき神……。お前たちはそういうが、それは本当であろうか。何が善で、何が悪かは、それを語る者の立場によるとは思わんか? ≪魔人≫たちによれば、オルディンはよその土地からやって来た外来の侵略神であり、お前たちの祖先が崇めていた土着の神こそが、その悪神ヨートゥンであったのだという。どちらの話が正しいのかなど俺は特に興味ないが、≪魔人≫たちが、俺たちを排除しようとしている光王家の敵であるというなら、敵の敵は味方。俺は奴らを解放し、このノルディアスをひっくり返すための手駒にしようと考えている」


「ノルディアスを……、ひっくり返すだって!? 国家転覆でも目論んでいるのか。そんな大それたこと、いくらあんたでもできるはずが……」


レイザーは目を大きく見開いて、珍しく取り乱していた。


「国家転覆か。互いに折り合うことができなければ、確かにそうなるな。俺たちの安住の地が無いなら、ノルディアスを滅ぼし、その後に造るしかない。お前たちとて、いつまでもこそこそと逃亡者生活を続けたくはあるまい」


「だが、しかし、あまりにも話が荒唐無稽すぎる。この強大なノルディアス王国を倒すなんてこと、できるはずが……」


「できるか、できないのかではない。やるのだ! 」


メルクスの強い語気に、レイザーたちは思わず何も言えなくなってしまった。


「いいか、よく聞け。今から俺たちは、王都から遠く離れた地の迷宮を一つ一つ消滅させていく。できるだけ自然現象として消滅したかのように見せかけるつもりであるが、バレたらバレたでそれは一向に構わん。連中が駆けつけてきた頃には俺たちはもうそこにはいないのだからな。魔法を使った高速長距離移動で居場所を変えていく俺たちを、馬と徒歩で移動しているあ奴らが捉えることはまず不可能だ。軍を動かすにはたくさんの兵糧や資金が要るし、追い切れるというならやってみるがいい。全ての迷宮の警備と監視を強化するという手に出て来ることも考えられるが、迷宮から産出するドロップ品などの資源に依存しているこの世界でそのようなことをすれば、どの様な悪影響が出て来るかは誰にでも容易に想像できるじゃろう」


メルクスは興奮したのか、時折、口調が元のショウゾウのような感じに戻ってしまっていたが、勢いに乗って気にせずに続けた。


「説明しておったら、やけに腹が立ってきたぞ。おのれー、無実であった儂を、罪人に仕立て上げ、怪老ショウゾウなどという妖怪じみた存在に仕立て上げたあいつらは絶対に許さんぞ。儂は儂なりに、地道にのし上がっていくつもりであったのを、すべて台無しにしくさった。見ておれよ。官僚、起業家、政治家、マスコミ……これまでの人生で儂に敵対した者は皆、この手で叩き潰してきたのだ。相手が王族であろうとも、これに例外はないぞ!」


メルクスは立上り、胸のうちにしまい込んでいた怒りと鬱憤を、着陸の際に使った≪闇風暴壁デア・ヴォルグ≫で木々が折れ重なり、荒れ果てた夜の山中に向かってぶちまけて見せた。


そして、大きな声を出してすっきりしたのか、≪魔法の鞄マジックバッグ≫から上等な葡萄酒を一本取りだすと、先ほどまでの気炎はどこへやら、笑みを浮かべこう言った。


「今まで誰にも言えなかった文句を全部吐き出したら、胸の中の懊悩がようやく全部吹き飛んだ。おい、レイザー、エリック。景気付けに今からこの一本を三人で空けんか? 酒のアテも持ってきておるぞ」


レイザーとエリックは、メルクスの気分の切り替えの速さと、山に向かって叫ぶなどの奇行めいた突然の行動に、ただ唖然とするほかはなかった。



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