第128話 不退転の旅路

「おいおい、ショウゾウさん! これは一体、何の真似だ。何をしようというんだ?」

「そうですよ、この縄を解いてくださいよ。この先も協力するって言ったじゃないですか」


貧民街の空き地に置かれた頑丈そうな造りの大きな寝台の上に、二人並べて縛り付けられたレイザーとエリックが文句の声を上げる。


その様子を見た旅装のメルクスは苦笑いをうかべつつ、自らもその寝台の上に乗る。


「おい、暴れるんじゃない。目的地に着いたら、すぐに解いてやる。それとこの姿の時は俺をショウゾウと呼ぶんじゃない。いいな」


メルクスは≪石魔せきまの杖≫を手に意識を集中させると、何やら詠唱を始めた。


「風よ、奔放たる風の力よ。その力を持って大地の呪縛とことわりから我を解き放て。≪浮遊ルーテ≫」


メルクスがそう唱えて、杖先を寝台に向けると、自分たちを含む全体に魔力を帯びたほのかに緑がかった光が溢れ、包み込んできた。

すると、俄かに寝台の脚が地面を離れ、宙に浮かぶ。


「メルクス様、流石です。この短期間で、魔法の効果を安定させるコツを見事につかみましたね」


見送りに来た≪蟲魔ちゅうま≫アラーニェが嬉しそうに笑みを浮かべ褒めてくれた。


「いや、これはお前の指導の賜物だろう。改めて礼を言うぞ」


「勿体なきお言葉。アラーニェは嬉しゅうございます。それと、メルクス様、このオースレンに構築した≪伏魔殿≫を維持しなくてはならないので、一緒には行けませんが、代わりにこの子をお連れください」


アラーニェの掌からぴょんと、寝台に飛び乗って来たのは、星形の模様が背に一つ付いた黒蜘蛛だった。

エリックは顔の傍にやってきた黒蜘蛛に悲鳴を上げながら、顔を必死で背けた。


この黒蜘蛛は、かつてF級ダンジョン「悪神のたわむれ」のボスモンスターを倒した際のレアドロップで≪魔蟲卵の化石≫と呼ばれる卵型の石からアラーニェに教わった方法により蘇らせたものだ。


蜘蛛の形をしているが、生物ではなく、メルクスの魔力を糧に作動する精密な疑似生命体だ。

細かい設定はアラーニェが行ったのだが、人工の知能を有し、マスターであるメルクスと副マスターである彼女以外の命令には応じない。

ちなみに名前はナクアと名付けたらしい。


石魔せきまの杖≫や≪老魔ろうまの指輪≫もそうだが、闇の主たるメルクスが迷宮の守護者から得られるレアドロップ品はすべて≪魔王具まおうぐ≫と呼ばれる品々で、不思議な力と意志があり、仮に失ったとしても時を経て、自ら主のもとに戻ってこようとするようだ。


≪魔蟲卵の化石≫もまた、どこにやったか覚えていなかったくらいなのだが、壊れる寸前だった最初の≪魔法の鞄マジックバッグ≫の中にちゃっかり入っていた。




大人三人が乗ったキングサイズの寝台を浮かせてどうしようというのかというと、これは、メルクスのある思い付きを実現できるかの実験を兼ねたものだった。


メルクスたちを乗せた寝台がどんどん空に昇って行き、地上のアラーニェたちが小さくなっていく。

そしてオースレンを一望できるほどの高さになったところで、ぴたっと止まった。


「おい、今、いったいどうなってるんだ。体が浮いているみたいで、ケツがこそばゆい感じがするんだが……」

「浮いてる!これ絶対に浮いてますよね?」


高いところが苦手だというレイザーが不安そうな声を上げながら身を悶えさせ、エリックは目をしっかりとつむり、固まったまま動かない。


「二人とも少し揺れるが、騒いだり、暴れたりするな。舌を噛んで、死ぬぞ……」


風魔法の≪浮遊ルーテ≫で浮かせた状態を維持しながら、同じ風魔法の≪防風壁ヴォルグ≫で全体を覆う。

そしてそれを新たに契約した≪暴風ヴォーダ≫を闇魔法に反転させた≪闇・暴風デア・ヴォーダ≫による推進力で飛ばす。


この試みはすでにメルクス一人の状態では成功済みだった。

一方向にまっすぐしか移動できないものの、≪飛翔ヴァンガー≫よりも飛行速度が圧倒的に速く、移動距離も長い。


そしてこの方法を使い、広大なノルディアス王国の各地に点在する迷宮間を、集団で移動するにはどうすればいいか考えたところ、この寝台を利用することを思いついたのだ。

慣れてきたら、寝台ではなく馬車の荷台などを使う方が良いかもしれなかったが、より近くで二人を魔法で守れるこの方法に落ち着いたのだった。


万が一、怪我をしたら、魔法で治せばよい。

即死さえ免れれば、あとは何とでもなる。


「さあ、二人とも覚悟は良いか。いよいよ、もはや引き返せぬ命懸けの旅路への出発だ。少し揺れるぞ」


思わせぶりなメルクスの言葉とこの奇想天外な状況に、二人はただ震えて祈ることしかできなかった。



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