第127話 オールイン

ショウゾウは、レイザーたちに王都で一体何があったのか、なぜ神殿騎士たちに追われることになったのか、順を追って説明した。


無論、スキル≪オールドマン≫の力や魔導神ロ・キに関連することについては明かすことはできないし、聞かれてもいない悪事を自らひけらかす必要も無い。

それらをうまく伏せながら、あの日、大魔法院にエリエンと向かってから、今日までの間に起こったことをできるだけ丁寧に伝えた。


王都の市民を無差別殺傷したのは全くの虚偽であり、神殿騎士の一人がショウゾウを逃さぬために攻撃魔法の巻き添えにしたのだということなどを言って聞かせると、レイザーたちは口を挟まず黙って話を聞いていた。


おそらく自分たちが尋問などで聞かされた情報と照らし合わせて、色々と考えているのだろう。

エリックなどはこれまで見せたことが無いような難しい顔をしていた。


「ショウゾウさん、一つ聞いても良いか?」


おおよその内容を話し終えたところで、ようやくレイザーが口を開いた。

エリックに比べると割と飄々とした様子で話を聞いていたように見えるレイザーだったが、元々本心を人に悟らせない用心深さがあるので、今の話を聞いてどんな印象を持ったのかは表情からはうかがい知ることはできなかった。


「ああ、構わんぞ。何が聞きたい」


「……あんた、俺たちをどうして助けた? 」


「妙なことをいう奴だな。おぬし、助けられたくなかったのか」


「俺が知るショウゾウという人間は、無駄なことをしない。社交的で、面倒見が良くて、情に厚いようなところも無いわけではないが、徹底的な現実主義者だ。仲間だからだとか、そういう理由で助けに来たりはしない。わざわざ神殿騎士たちが待ち構えているような場所に危険を顧みずにやってくるなんて、いったいどういう風の吹き回しだったんだ? 俺たち二人にそうするだけの価値があったとは、俺自身も思っちゃいない。答えてくれ。なぜ、俺たちを助けに来た?」


「随分と自己評価が低いのだな」


「オルディン神殿であんたの異常なほどの強さと恐ろしさを目の当たりにすれば当然のことだ。あんたはもう出会った頃の新人冒険者じゃない。俺たちのような足手まといがいなくても、もう一人でやっていける。それに、この、≪伏魔殿ふくまでん≫だったか。 そこの女も、建物内の人間も、そして魔物たちでさえも皆あんたに従っているんだろう?」


ショウゾウとレイザーの険悪になりそうな雰囲気に、エリックがオロオロしだした。


「お前が言うとおり、儂は現実主義者だ。別に情にほだされてお前たちを助けたわけではないぞ。お前たち二人に価値を見出しておるからこそ、リスクを負っても助けに行ったのだ」


「俺たちにどんな価値があるって言うんだ。伸びしろのない下り坂のロートルと若さと頑丈さだけが取り柄の未熟な新人。代わりはいくらだっている」


「本当にそうかな? 儂にしてみれば、お前たちは貴重な人材だ。それなりの月日を一緒に仕事をし、苦楽を共にした。長所も短所も、よく把握できている。信頼関係も自分なりには上手く構築できておったと思っておるが、そうした人間がこの世界に何人いようか? レイザー、それにエリック。儂はこれからあることをせねばならんのだが、それを成し遂げるためにお前たちの力がいる。力を貸してはくれんか?」


ショウゾウの思いがけない言葉に、レイザーとエリックは神妙な顔つきになり、何も言葉が出てこない様子だった。


「もちろん、無理強いはできん。これはあくまで儂の希望だ。儂を取り巻く環境も様変わりし、これまで同様の楽しい冒険者生活のようなわけにはいかん。光王家、すなわちこの国そのものと敵対しているこの儂に味方するということは同様の敵意を向けられることになり、命を危険に晒すことになるのだからな」


「光王家と敵対……」


エリックがぼそっと呟いた。


「おぬしたちにはいくつかの選択肢がある。この国での素性を捨て、他国に逃れても良いし、無いとは思うがこの≪伏魔殿》が気に入ったなら、好きなだけここに居たらいい。今の待遇のままとは行かぬが、アラーニェの下で仕事をし、生計を立てられるようにはしてやるつもりだ。ここをただ出て行きたいというのであれば、幾ばくかの路銀は持たせてやろう」


「……俺たちの力が必要だというのは本当なのか?」


レイザーが部屋の隅からテーブルの方にやって来て、エリックの隣の空いた椅子に座った。


「ああ、儂は今からこの国中を旅し、各地の迷宮に挑まねばならん。このアラーニェもそうなのだが、光王家に対抗するための力を得るため、迷宮に封じられた≪魔人≫たちの魂を解放し、それらを従える必要があるのだ。≪魔人≫は自らが封じられていた場所以外の迷宮に足を踏み入れることができぬらしいので、攻略の手伝いを頼むわけにはいかん。儂一人ではこの国の土地勘も無い上に、難易度によってはボスモンスターの待つ部屋までたどり着くのすらも困難だ。おぬしのように熟練の斥候スカウトがいてくれるとありがたいし、エリックが儂の盾となり、戦闘を助けてくれると非常にありがたい」


「レイザーさん、どうしましょうか?」


「俺の腹はもう決まったよ。ショウゾウさんが俺を必要だと言うのなら、何も迷うことは無い。ショウゾウさん、あんた以前、俺に言ったよな? 『儂を信じてついて来るならば、この世界における栄華の極みをお前に見せてやる』って。……その時、俺は思ったんだ。袋小路に入っちまったくだらない俺の人生を変えられるのはあんただけだってな。俺の人生は、もうとっくに、あんたという役札にオールインしちまってるんだ。もう地獄の果てまでついて行くことにするよ」


「じゃ、じゃあ、僕も」


「エリック、お前はもう少し慎重に考えた方がいいぜ。お前はまだ若い。よその土地に行ったって、やり直しは利くんだからよ」


「そうだな。まだ準備に少し時間がかかる。それまでの間、じっくりと考えてみるがいい。おぬしはまだ知らんかもしれんが、儂はおぬしが思っておるような人間ではない。己では悪人ではないと思っているが、かといって善人であるとも思ってはいない。その辺りもレイザーからよく聞き、その上で儂に賭けてみても良いと思えたなら、色好い返事をくれ。では、また来る」


ショウゾウは、≪老魔ろうまの指輪≫を指から抜くと、若々しいメルクスの姿に戻り、アラーニェを伴って去っていった。


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