第121話 闇の闖入者
手に刃物を持ち、神殿内に侵入してきたその老人の姿を見て、その場に集まってきていた神官たちは一気に恐慌状態に陥った。
普段から規則正しい生活をしていた神官たちは、外で聞こえた爆発音によって目を覚まし、こうして集まって来ていたのだが、その不安をこの招かれざる闖入者が増幅させた形だ。
街中に貼られた手配書と、尾鰭が付いた怪老ショウゾウの噂話によって、その人相風体はおおよそ万人に知られるところとなり、尚且つその身に纏う雰囲気によって「あれが、噂の≪怪老≫ではないか」という推理が働いたようである。
それでも神官たちの中には、多少、腕っぷしに自信がある者たちがいたようである。
捕まえて、報奨金を手にしようと考えたのか、悲鳴を上げ、方々に逃げ去る者たちとは別の動きをし、手に燭台付きの鉄の棒や掃除用具などを持ってショウゾウに立ち向かってきたのだ。
ショウゾウはそれらの者たちを一合も合わせることなく、難なく斬り殺したのだが、その様子を見て、恐怖のあまりに固まってしまっている中年の女神官の腕をぐいっと掴んだ。
「おい、ここに収容されている二人組がいるだろう。頬に刀傷がある眼つきの悪い中年と体が大きい若者だ。どこに閉じ込められている?」
二人を探すのに手間取ると、それほど遠くない場所にあるオースレンの領主の城から兵士たちが駆けつけてくる恐れがある。
無駄な時間はかけたくない。
「ヒィー!殺さないで、お願い!」
「質問に答えろ。さもなければ、お前も同じ目に遭うぞ」
ショウゾウは、女神官の体を床に転がっている無残な屍の方に向け脅した。
「知りません。本当に知らないんです。でも神殿騎士の方々が出入りしている地下牢なら、あそこの扉を出た先です」
女神官は、奥に背が高い神像のある広い神室の端の扉を指差した。
「偽りではあるまいな。この怪老を謀ると、呪いと災いが降りかかり、髪は抜け落ち、臓腑は腐れ果てるぞ」
「嘘ではありません。オルディン神に誓って、絶対に。どうか殺さないで……」
年増の女神官の顔は、恐怖のあまり引き攣っていて、その目を見る限りは嘘を言っているようには見えない。
そしてこの女神官の信仰の賜物であろうか。
それが事実であると裏付けるように、騒ぎに気が付いたのか、女神官が指さした扉から、神殿騎士の鎧を着た屈強そうな男が出てきた。
監禁されている二人の牢番であろうか。
さきほど殺した神殿騎士と比べると鎧自体が一段地味で、階級はそれほど高くないのかもしれない。
やおら、剣を抜き、こちらに駆け寄って来た。
「ここは直に闇の炎に包まれる。死にたくなければ、少しでも遠くに逃げ去ることだな」
ショウゾウは女神官の身体を押しやり、迫る神殿騎士に備えた。
やはり先ほど襲い掛かって来た神官たちとは身のこなしが違う。
間合いのつめ方、足運びが戦闘の訓練を受けたもののそれだ。
神殿騎士は雄たけびを上げ、物凄い勢いで剣を振り下ろしてきたが、ショウゾウはそれを難なく躱し、さらに追撃を小剣でいなす。
≪老魔の指輪≫に秘められた力によって、老人の姿にはなっているものの、その実年齢は肉体の最盛期にまで若返っている。
レベル上昇によって、元の世界にいた時とは比べ物にならない膂力を得ており、さらにそれが≪怪力LV2≫というスキルで二割り増しになっている。
剣を扱う技術も、従来の剣道の腕前に、≪剣技LV3≫のスキル効果が加算されて、達人と言っても言い過ぎではない域に達しているのだ。
重く、正確な斬撃が次々と繰り出され、神殿騎士はそれに耐えきれず得物を弾き飛ばされてしまった。
ショウゾウはその一瞬の隙をつき、神殿騎士の顔面を小剣の柄で殴った。
神殿騎士は後方に倒れ、殴られた箇所を押さえ悶えている。
「こいつら程度の相手なら、魔法無しでも割と行けそうだな」
ショウゾウは杖を、腰の真新しいマジックバッグに仕舞い、それを持っていた方の腕で神殿騎士の髪を掴み、無理矢理立たせた。
そして、背後から羽交い絞めにすると、スキル≪オールドマン≫で抵抗できない程度に老化させたのだった。
見た目では、七十代後半ほどになっただろうか。
「おい、聞こえるか。変な真似をしたり、抵抗するそぶりを見せたら、即座にあの世行きだ。良いな?」
首を絞めつける力を強めると、老いた神殿騎士は先ほどの勇ましさはどこへやら、「わかった。殺さないでくれ。故郷に家族を置いてきているんだ」と命乞いした。
「家族か……。さぞ、会いたかろうて。善いぞ、では、お前たちが監禁しているレイザーとエリックのもとに案内してもらおうか。さあ、歩け!」
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