第119話 謎の怪老

騎士見習いや雑兵も含めた百人近い神殿騎士団テンプルナイツが駐留し、その敷地全体が物々しい雰囲気になっていたオルディン神殿ではあったが、その夜は人が出払っていて、いつもよりはかなり手薄な印象であった。


日中にオースレン各所で、手配中の怪老かいろうことショウゾウによく似た人物が目撃されたという情報が相次いで舞い込んできたことにより、市内の巡回と捜索が強化され、かなりの人員がそれに駆り出された形だ。


このオースレンに駐留する者のうち、正規の神殿騎士はわずか五名ほどだ。


神殿騎士になるためには、その家柄、血筋、光魔法の素質もさることながら、厳しい訓練と認定のための試練を乗り越えなければならない。

そのため騎士団全体でもわずか二十三名しかおらず、ボラードともう一人の殉職者の代わりは未だ見つかっていなかった。


オースレンに今現在いる五名の神殿騎士はその序列の中でも下位の者だが、それぞれ二十名ほどの配下をこのオースレンに連れてきており、遠征費や俸給などは支給されているものの、その駐留の経費についてはほとんど各自の持ち出しになっていたのだ。


そのため、駐留期間が長引くほどに各々の負担が増え、それが原因で指揮官も兵卒も士気が下がり続けるという悪循環に陥っていたのだ。


それが日中の目撃情報で、一気に騎士たちの目の色が変わった。


おびき寄せるための人質二人を放置するわけにもいかず、居残り組と捜索組に分かれることになったのだが、誰がオルディン神殿で留守番をするのかで大いに揉めた。


というのもこのオースレンにショウゾウの仲間を連れてはきたものの、この一月以上もの間、誰も助けにやってくる気配も無く、この二人はとっくに見捨てられたにちがいないというのが彼らの見立てであったからだ。



「クソッ、ついてねえ。よりにもよって、ここ一番で役無しブタの手札を引いちまうとはな。手柄を立てる絶好の機会を失っちまった。」


「文句を言うな。サイラスの手札で決めようと言ったのはお前ではないか。おかげで俺まで留守番だ」


「おお、偉大なるオルディン神よ、なぜに俺のような信心者にこのような仕打ちをなさるのですか。どうぞお答えください!」


「ははっ、やめぬか。罰が当たるぞ」


神殿騎士のボージャンとセザールは神殿の外に設営した仮の幕舎の中で酒を飲みながら、部下二人と四人で、紙の絵札を使った賭けに興じていた。


煌びやかな王都の夜と異なり、オースレンの街は暗く、ましてやこうして拠点にこもりきりでは、時間を潰すのも難しく、夜番の時などはこのような賭け事などをしながら夜を明かすのがすっかり恒例となっていた。


ましてや、今宵は、目撃情報をもとにしたショウゾウの捜索に出向いた者たちの帰りを待たねばならず、先に手柄を上げられるのではないかという苛立ちからも、余計に酒が進んだ。


「遅いな。あれから、まったく連絡もない。例の謎の怪老を見たというのは、ガセだったのではないか?」


「さあな。いずれにせよ、この数カ月の間、何の進展も無かったんだ。王都で奴を取り逃がした後、オルターが山狩りで返り討ちに遭い、それから完全に行方知れずだ。巫女宮ふじょきゅうの姫君によれば、我が国を脅かすであろう闇の脅威は去っていないということだが、俺はこの国に戻って来るのかすら怪しいものだと踏んでいる。かなりの高齢であるというし、そもそもそんな爺がどうして国家の存亡にかかわるような脅威になり得るというのだ。おかしいとは思わんか、お前!」


神殿騎士ボージャンは、そう言って自分の手札を卓上に叩きつけた。

それはかなり強い役が入っていて、そのことに皆がそれぞれ驚きの反応を見せる。


「……おかしいと思います。はい」


最も弱い手札だった、人数合わせに付き合わされている若い部下がしぶしぶ銅貨をボージャンに払う。


「……しかし、屈強な神殿騎士を二人も殺害するなど、並の老人に出来るはずが無いのも事実だ。光王家からは一向に情報が開示されてこないが、このショウゾウという老人はいったい何者なのだろうか」


「案外、上の方でも把握していないのかもな。そうでなければ、いかに凶悪な老人であるとはいえ、たった一人を捕まえるのにこれだけの人員を動かしているのはおかしい。まるで戦争でもしているかのようではないか」


「光王家や巫女姫ふじょきに振り回されて、割を喰わさせられるのもごめんだが、こんな不気味な爺に殺されるのはもっとごめんだ。案外、外に出た連中はみんな殺されて、生き残っておるのは俺たちだけかも、……なんてな!」


「セザール様、さすがにそれは不謹慎というもの。とはいえ、遅いですな。いずれの隊も全く戻ってくる気配がありません」


年配の従騎士位の部下が、手書きのショウゾウの似顔絵が描かれた手配書で鼻をかむセザールを窘めた。


その時、見張りとして神殿の入り口に配置していた兵士の一人が、幕舎にやってきた。

手には酒が入った壺を抱えていて、満面の笑みを浮かべている。


「どうした? ようやく、どの隊かが戻って来たのか?」


「あ、いえ、まだどの隊もお戻りではございませんが、オースレンの衛兵隊長のギヨーム様から陣中見舞いと言うことで、酒や食料などが荷馬車で一つ届けられまして……」


「おう、あのグリュミオールの小倅こせがれか。あまり気が利く様な奴には見えなかったが、殊勝なところがあるではないか。どれ、他の連中が戻ってくる前に見てくるとするか」


札遊びにも飽きてきたことであったので、神殿騎士ボージャンたちは、幕舎を出て、神殿の敷地を囲む壁の中央にある門のところに出向いて行った。



荷馬車のところに行ってみるとそこには誰もおらず、配置していたはずの兵士たちの姿も消えていた。


ただ、馬車馬が所在なさげに地面を舐めたりしていて、見渡しても他に人影は無い。


「おい、他の奴らはどこに行った」


ボージャンが振り返り、先程さきほど報せにきた兵士を振り返るとそこには誰一人見知った顔は無かった。


ツボを持った老兵士に、二人の老騎士、そしてもう一人は地面に倒れたまま動かなくなっていた。


「誰だ、 お前ら……。まさか……」


その見慣れぬ老人たちが、その服装と状況から、何者であるのかはすぐに推測することができた。

だが、なぜそうなったのかが分からず、ボージャンはひどく混乱した。


そして次に老班だらけになった自分の手を見て、頭の中が真っ白になった。


「夜分遅くにすまんな。何やら、儂を探しているようなので、自分から出頭することにした。ここの責任者はお前で善いのかな?」


声がする方を向くと、いつの間にかそこには、闇に溶け込むようにして一人の老人が立っていた。

手に白い不気味な杖を持ち、漆黒のローブに身を包んでいる。

その顔は手配書の似顔絵と似ているとも似ていないとも言えないほどの一致具合ではあったが、状況から考えて、自分たちが探していたショウゾウという怪老であることは間違いがないと思われた。


いつの間に神殿の敷地内に入り込んでいたのか。

もし、声をかけられなければ完全に不意を突かれてしまっていた。


「ば、馬鹿な……。邪な気配は、微塵も感じなかったぞ」


「ふむ、そうであろう。他の神殿騎士たちも儂の接近には気が付かなかったようであるからな。居場所を察知さえされなければ、今の儂にとってお前たちは脅威でも何でもない」


ボージャンは、何か問いかけようと考えたが、それをやめた。


自分は今、得体の知れない力によって、衰弱させられており、こうしている間にも全身の力がどんどんと抜けていくような感じを覚えていた。


時間が経てば経つほど勝機が消える。

魔法を詠唱したり、集中している暇は無い。


ボージャンは、腰の剣を抜き、ショウゾウと思しき老人に向かって斬りかかっていった。


ボージャンは光魔法の達人でもあったが、武芸にも一廉ひとかたならぬ自信を持っていた。

いや、むしろ武芸の方にこそ自らの長所があるのだとすら考えていた。


そんなボージャンではあったが、ショウゾウのもとに辿り着く前に足がもつれ、転んでしまった。

抜いた剣が思った以上に重く、バランスを崩してしまったのだ。


「ぐっ、おのれ……」


「神殿騎士も老いてしまっては形無しだな」


用心深そうな足運びで、素早く近寄って来たショウゾウは、剣を持つボージャンの手の甲を踏みつけると、白い杖の先をセザールの方に向けた。


「≪光爆オラス≫!」


ショウゾウが放った一粒の光は、セザールの前で膨れ上がり強烈な光を放つと、隣に立っていた初老の域にまで老けた配下の見習い騎士と老兵士も同時に吹き飛ばしてしまった。


セザールは≪魔法障壁マディカ≫でそれを防ごうと考えたようだが、反応が遅く、間に合わなかった。


肉が焼け焦げたような匂いが辺りに漂い、吹き飛ばされた二人はピクリとも動かなくなった。


「ぐっ、馬鹿な……。なぜ、お前のような闇の者が光魔法を……」


ボージャンの疑問にショウゾウは何か答えたようであったが、衰えた彼の聴覚ではもはや聞き取ることはできなかった。


気が付くと視界は白く濁っていて、顔を上げる力も無くなっていた。



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