第四章 異邦人メルクスと謎の怪老

第112話 異邦人メルクス

王都ゼデルヘイムで起きた神殿騎士七人と冒険者五人の謎の大量失踪事件は、容疑者の逮捕並びに原因究明が為されぬまま三月みつきほどが過ぎようとしていた。


容疑者の名前はショウゾウ。


オースレン出身の冒険者であり、王都には出稼ぎに来ていたということが、拘束されたパーティメンバーの取り調べで明らかになった。


このショウゾウは、白昼の王都で市民十八名を殺傷し、その後に地下排水路に逃走。

それを追った神殿騎士団テンプルナイツ第八分隊の隊長ボラードとその配下六名並びにボラードによって雇われた冒険者集団≪光矢≫のメンバー全員が行方不明になったというのが事件のおおまかな概要である。


市民を殺傷した容疑者ショウゾウは地下排水路の王都外への吐出口の鉄格子を破壊し、そのまま逃走したとみられているが以前、行方はわかっていない。


ボラードが所属していた神殿騎士団と冒険者ギルドが総力を挙げて、容疑者が逃げたと思われる吐出口付近の捜索を行ったが、行方不明になった神殿騎士七人と冒険者五人は一人も発見することができなかった。


ただ、行方不明者の物と見られる複数の所持品が川の下流のあちこちで発見されたほか、全裸の老人の遺体が河川敷や川の中州などで九人分も、相次いで見つかり、その事が一層、事件の捜査を混乱させることになったようである。


発見された老人たちの性別は一人を除き、残りは全員男性だったが、誰一人として身元が明らかになった者はいなかった。


容疑者のショウゾウの年齢は八十八歳。


見つかった九体の遺体もある程度同様の年齢であると思われ、そのうちのどれかが容疑者ではないかという推理が為されたが、生死の確定には至らなかった。


拘束されたショウゾウの仲間にも検めさせたが、水中に数日間浸かっていたことと、川に住む生物などによって顔の肉を損壊させられていた者もいて、「おそらく違う」という程度の証言しか得られなかったのである。


そのため、生死不明のまま容疑者の手配書は、各地の貴族領主、ギルドなどのもとに届けられることになり、一躍、大悪人ショウゾウの名は王国中の者に知れ渡ることとなった。


生死は問わず、金貨百枚。

それがショウゾウにかけられた懸賞金だった。


不特定多数の市民の命を奪い、神殿騎士団や冒険者の行方不明事件、さらには謎の老人集団の殺害事件にも重大な関与をしているとみなされたとはいえ、この懸賞金の額は他に類を見ないほど破格であった。

しかも、その出所がオルディン神殿ではなく、光王家こうおうけであったことが、口さがない市井の人々をして、絶好の噂の種となり、やがてこの話は尾鰭おひれがついて、聞く人ごとに違う内容になってしまっているという有様であった。



「お前さん、若いのに随分とこの話に興味があるようだね。そのショウゾウを捕まえて、懸賞金でも手にしようなんて考えている口かい?」


「いえ、まさか。そのショウゾウという老人は、あの高名な神殿騎士団の追跡から逃げ切るような危険な魔法使いなのでしょう? 私のようなただの商人にそのような真似ができるとは到底思えませんよ」


オースレンの街に入るための東門に設けられた詰所前には、各地から訪れる行商人や旅人、冒険者などの行列ができていた。

その都市入場のための手続きを待つ行列の中に、メルクスという名の若者はいた。


年の頃は二十代の半ばほどであろうか。

ノルディアスでは珍しい完全な黒髪に、漆黒の目。

肌の色は、程よく日に焼けてとても健康的な感じだった。


背負子を背に、大量の荷物を担いでいるにもかかわらず、平然としており、疲れた素振りなど微塵も見せていなかった。

護身用なのか腰には長剣を佩いていた。


メルクスは、手続きの順番が来るまでの時間つぶしにと、前に並んでいた商会の番頭に話しかけ、商売に関する情報交換を兼ねた雑談をしていたのだが、次第に話は、今世間を騒がせている怪老ショウゾウのことに及んだのだった。


「それで、その拘束されたという仲間はどうなったんですかね?」


「さあ、俺はわからないが、何でもその連中は、このオースレン出身の冒険者だったらしいな。俺たちはこの街と王都を行き来して商売してるが、前に来た時なんかは神殿騎士の一団がやって来ていて大変だったぞ。街中のあちこちで検問が行われていたし、都市の出入りの手続きも今日なんかの倍は時間がかかっていたぜ」



やがて、その番頭たちの順番が回って来て、次にメルクスの番がやって来た。


「おい、お前、その髪色にその目、この辺の土地の人間じゃないな?」


「はい、先祖が、このノルディアスからはるか遠く、東の海を渡った場所にある小国の出身で、今は各地で行商をして生計を立てております。これは、王都の商業組合で発行された私の行商権許可証です。この中に私の名前、メルクスって書いてます。押印もありますよ」


メルクスはそう言って懐から筒状に丸めた羊皮紙を取り出し、身を寄せて銀貨三枚と一緒に門番に渡した。


門番は銀貨を無表情のまましまうと、羊皮紙を開き、さっと目を通してすぐに返してよこした。


「通って良しだ。行っていいぞ」


ふんぞり返った巨漢の門番に、メルクスは頭を下げ、その場を通り過ぎた。


門をくぐると、そこはこのイルヴァースで最も見慣れた景色であり、やっと戻って来れたという実感に思わずメルクスは安堵のため息を漏らした。


とある村で、偶然居合わせた商人を殺して奪った許可証もおかしなところは無かったようでまずは良かった。

先祖の話もまるっきりでたらめだが、あの門番にはどうでもいい事柄であったのだろう。


「さて、久しぶりのオースレンだが、どうなっておることやら。儂を感知できる神殿騎士がまだ滞在しているかも気になるが、まずはエリエンたちの安否を確認せねばな……」




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