第111話 広範囲吸精

「やれやれ、これらが流されてなくてよかったわい。危うく路頭に迷うところであった」


神殿騎士七名とジャック・ヴェルデ率いる≪光矢≫のメンバー全員の死亡を確認した後、ショウゾウは再び排水路に降りていき、すっかり変色してしまったボロボロの≪魔法の鞄マジックバッグ≫と≪石魔せきまの杖≫をどうにか見つけ出すことに成功した。


この二つはそれ自体に宿る≪魔力マナ≫の痕跡から、その沈んでいる位置を特定することが可能だったが、愛用の小剣はついに見つけることができなかった。


魔法の鞄マジックバッグ≫は肩掛けの紐の部分が焼ききれており、その本体も損傷がひどく、いつ、その魔法の力が失われてしまうのかさだかではないという状況だったため、貴重品だけでもと中身を取り出し、死んだ冒険者が持っていた腰袋に入れ替えることにした。


冒険者ギルドに預けていた金はもう下ろすことができないし、この≪魔法の鞄マジックバッグ≫まで失ったら、再び無一文になるところだった。


ショウゾウは追跡者たちの死体から金目のものを剥ぎ取り、衣服も排水路に浮かぶ死体から拝借することにした。

濡れて汚水の何とも言えない匂いが染みついてしまっていたが、自分が着ていたローブは焼け焦げ、穴だらけの状態だったので、それよりは幾分マシだと思うことにした。


ショウゾウは用済みとなった水路上の死体を次々と汚水の中に放り込み、鉄格子のある吐き出し口の開口部付近に行くと、その周辺の土砂や石に≪土石変化ストゥーラ≫を使って地形を歪ませた。


鉄格子は、そこに溜まった多くの死体と水の勢いに押されて、排水路と繋がる河川側の方に倒れた。

外で敵が待ち伏せている可能性も考えて、ショウゾウはスキル≪オールドマン≫の≪広範囲吸精≫を発動させてみたが、虫や小動物などの生命を奪うにとどまり、どうやらこの場所には誰も配置されていないようだった。


ショウゾウは排水路の終点である吐き出し口から、眼下の川に飛び込むとそこに浮かぶ死体を押しのけて、川下に向かった。


川の流れは緩やかで、水は冷たい。


低体温症になってしまう可能性も考えたが、今宵は月も明るく、辺りの様子が良く見えていたので、追っ手たちに発見されるリスクを考慮し、川の中をしばらく進むことにした。


もはや王都には戻れまい。


遠ざかる王都の輝かしい光の群れを振り返って眺めながら、ショウゾウは内心呟いた。


いかに変装したり、老人の姿から若返った姿になろうとも、あの神殿騎士たちのように自分の気配を感知できる者たちがいるのでは、潜伏は不可能だ。

一先ず、安全な場所に逃れ、再起を図るとしよう。



王都が見えなくなった辺りで、川から上がり、河川敷を渡って、森の中に入った。


深夜ということもあり、今のところ王都外に捜索隊のようなものが出ている様子はないが、とにかく今は少しでも王都から遠ざかろうと思った。


そして、薄暗い山中を彷徨い歩くうちに、おのれの身に起こったある変化に気が付いた。


野生動物、魔物、そして取るに足りない虫のような生物まで、おおよそ自分の周囲に存在する生命体の位置を感知できるようになっていたのだ。


その範囲はスキル≪オールドマン≫の≪広範囲吸精≫とおそらく同じ。


それを知りたいと意識を集中すれば、それら命の鼓動と言うか、波長の揺らぎのようなものが感じられるのだ。


遠近によって、効果に強弱はあるが、それらの精気をほっし、奪いたいと考えれば即座に奪うことができる。


他者の命を、自分のたなごころで転がしているような万能感とも、優越感とも言えぬものが、ショウゾウの心の中に満ちた。


それは、この異世界でようやく得た自らの居場所、人間関係、身分、冒険者としての実績といった善良な高齢冒険者ショウゾウとしてのすべてを喪失した心の空虚さを忘れさせてくれるのに十分なものであった。


「だが……妙だな」


しばらくその感覚を確かめていると、自分の周囲の大小ある生命の動きの中に時々、奇妙な動きをする個体がいることに気が付いた。


まるで潜水艦のソナーのような、自身を中心とした球形の範囲の中に一瞬入り込んだ後、すぐに出ようとする個体が存在するのだ。


こちらを窺うように一定の距離を保ったり、そのまま動かなくなるのは野生動物であろう。

動かない静かな波動は植物か?


ちょっと、確かめてみるかな。


ショウゾウは、スキル≪オールドマン≫の≪広範囲吸精≫を発動させつつ、一瞬で範囲外に逃れた存在を追ってみた。


すぐそばの木から野鳥が転げ落ちてきた。

自分の移動に合わせて、至近距離の生命の反応がいくつか消え、体の中に精気が流れ込んでくる。


こうして複数種類の精気を同時に吸ってみるとそれぞれに違いがあるのに気が付く。


やはり人間の精気とは異なり、その他の生命は薄く、自分の体に馴染んでない気がする。

特に植物のものは一度吸い取っても自分の生気としてほとんど定着していない。

漏れ出てしまっている。


木々を避け、繁みをかき分け、ようやく追いついた奇妙な動きをしていたその生命の正体は、……魔物だった。


耳まで避けた形状の目を持ち、ゴワゴワとした白みがかった灰色の体毛で、狼に似ている。

オースレンのF級ダンジョンで見かけたような魔物だが、老化が進んだためか、見た目が少し違う。


その魔物はすでに立ち上がることもできないようで、四肢を投げだし、ハアハアと荒い息をしながら、虚ろな目でこちらを見ている。

敵意は感じない。


「そうか、魔物だったか……。あの神殿騎士たちもそうだが、この魔物らもどうやら儂の何かを察知し、その居場所を特定しておるのは間違いないな。これを何とかせんと二度と王都に足を踏み入れることはできん。その他の土地でさえ、びくびくと怯えて過ごすことになるな……」


ショウゾウは、横たわる魔物の腹に手を当て、楽にしてやった。


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