第109話 神殿騎士ボラード
オルディン神殿に所属する聖職者の中から特に魔法と武芸に秀でた者を集め組織したのが、
現在はその存続に
地上から魔物が減り、さらにノルディアス王国の外征が久しく行われなくなるとその役割は各神殿の警護や神事での典礼に限られ、最低限の栄誉と特権は保証されてはいたものの、神殿内でもそれほどの重職とはみなされなくなっていた。
外征を繰り返し、領土を拡大した前国王の御世とは異なり、現在のヴィツェル十三世の治世は、長く続いた光王家の歴史の中でも最も平穏と言っても過言ではなかった。
そのため
上役の誰かが鬼籍にでも入らない限りは、代り映えのしない日々の、退屈な職務を続けねばならないのである。
ボラードは今年で四十二歳になる。
肉体的にも精神的にも充実し、活力にあふれていたが、その反面、中間管理職的な自らの境遇には大きな不満を抱えていた。
若かりし頃のボラードは純粋なオルディン神への信仰心と大望を胸に秘めていたが、中年になった今は、規則的かつ保守的な組織の有様が自らの人生を停滞させていると考えていた。
手柄を上げたい。
自分の力で、出世をもぎ取りたいという渇望は日増しに高まり、どこかで内乱や紛争でも起きて、派遣要請でも来ないかと酒が入る度に周囲にこぼすようになっていた。
そんな不遇を嘆く灰色の日常に一筋の光明を差し込んでくれたのは、光王家から特命を携えやってきた監察使のルシアンだった。
絶対的な預言の力を持つ
オルディン神殿は、光王家とはあくまでも対等の関係ということになっているが、それは表向きの話で、財政面において大きく依存するようになってからは従属的立場に追いやられている。
最近、オルディン神殿の神官たちもこの王都に災いをもたらす何かが存在していることに予知、預言などから気が付き、恐れていたため、監察使ルシアンに全面的な協力を約束するとともに、大神官が非常事態宣言とでも呼べる≪聖戦≫を全信者に向けて発令したのだった。
≪聖戦≫発令時は、その目的を達成するためにありとあらゆる手段を取っても良いということになっている。
これに光王家のお墨付きがあったために、ボラードは、住民を巻き添えにした≪闇の者≫への攻撃を強行したのだ。
≪聖戦≫を発令しなければならないほどの危機。
年齢の割に実戦経験がほとんどなく、≪闇≫の脅威など人生で考えたことも無かったボラードには大げさという以外の何物でもなかったのだが、邪悪な気配のようなものを傍近くで感じ、その老人を自らの目で見た瞬間、己が認識が誤りであったと悟った。
自分の中に流れるオルド民族の血が、半ば棺桶に足を突っ込んだ様な老人に畏怖と嫌悪の感情を伝えてきているかのような感覚が走ったのだ。
この老人は危険だ。
人の形をしているが、俺たちとは何もかもが違う。
本能的にではあるが、即座にそう思った。
そして、人混みに紛れて逃げようとするのを阻止しようと住民を巻き添えにする覚悟で光魔法≪
直線的な軌道である≪
この市街地の住民はほとんどは卑しい先住民系であり、混血だとしてもオルドの血が流れているとしてもごくわずかであろう。
それに巻き添えを食った者たちには光王家から見舞金が支給されるはずだった。
ボラードは、≪
光魔法がちゃんと通用していることがわかり、得体の知れない気配はあるものの、自分の力量からすれば殺せない相手ではないと自分の目で確認できた。
その上、相手は反撃すらせずに逃げの一手を打ったので、この場で自分を殺せるだけの力が無いということを証明した形であると推理できたのだった。
ボラードも≪
あの深手ではそれほど速く移動することできまい。
掃き出し口の数は限られており、オルドの血の濃さがなせる業か、あの老人が向かっている大まかな方向がなぜかわかったため、老人が逃げ込んだ穴からは冒険者を雇って向かわせ、可能であれば挟み撃ちにする考えだった。
ボラードは、同僚の神殿騎士たちと合流することをせず、直属の部下である六人だけを連れて、そのまま王都の南西にある待ち伏せ場所に向かった。
「来たぞ。どうやら俺の読みは大当たりだったようだ。他の連中を出し抜いてやったぞ」
南西の大排出口付近で仲間とともに待っていたボラードは、遠くからゆっくり近づいてくる松明の灯りを見ながら、部下たちに笑いかけた。
大神官も、監察使ルシアンも殊更に≪闇≫を警戒し、連帯して慎重に事を運ぶように訓示で述べていたが、実際に相対してみたボラードからすれば、既知の魔法と比べると少し様子が変わった魔法を使うものの、ただの老いた魔法使い、それもたった一人だ。
「よう、爺さん。また会ったな。地下水路に逃げ込んだ以上、ドブ鼠が出て来るのはここだと確信していたぜ」
目の前までやって来た老人に声をかけ、少し話を交わしてみたが、特に変わった様子は無かった。
年齢の割にしっかり受け答えするのと、目に灯る光が強い印象だったが、やはり怪我の状態が良くないらしく、小剣を持つ手の動きがぎこちなかった。
「やれやれ、できれば生け捕りにしたかったが、この爺さん、やる気のようだ。この際、贅沢は言っていられない。殺して、首を持ち帰るぞ」
ボラードの言葉に配下たちが一斉に動き出す。
後を追わせていた冒険者たちとは合流できていないが、老人の退路は塞がっており、その目的は果たせている。
おそらく、冒険者たちがここにやってくる前に決着は付くであろうし、問題は無いと判断した。
打ち合わせた通り、部下のジャコブに光魔法の≪
なにせ狭い通路だ。
取り囲むには、水路の汚水の中に入らなければならないし、そうする必要なども無いように思われた。
魔法に対する防御力を高め、少しずつ間合いを詰めていけばすぐ決着がつく。
引き返そうにも、雇った冒険者たちがここに向かってきているはずであり、挟み撃ちになる格好だ。
だが、老人はボラードたちの予測とは異なる動きを突如した。
水路の汚水の中に自ら飛び込んだのである。
そして、何のためらいも無く、潜り、姿を消してしまった。
「くそっ、戦う振りをして、逃げやがった。ケヴィン、オリヴァー!何を見ている。お前たちも水路に入れ」
ボラードの命令に前衛の部下たちは一瞬嫌そうな顔をしたが、渋々白いマントを外し、汚水の中に入る。
水路の水は腰の高さ近くまであり、ゴミと濁りと薄暗さで底が見えづらい状態だった。
流れもそこそこに速く、足元が
「ぶわっ、はあー」
黒い水面が浮かび上がり息継ぎのために老人が発した声に一斉にそちらを向いたが、それはオリヴァーの真後ろだった。
老人はそのまま背後からオリヴァーにしがみつき、その身体をボラードたちの方に向けた。
「だめだ。この位置からでは、オリヴァーに当たってしまう」
弓を構えたアーロとジャコブが顔を見合わせた。
そしてオリヴァーの助けを求める声が途切れ、そこにいた全員が恐るべきものを見た。
二十歳になったばかりの若々しいオリヴァーの顔が見る見るうちに皺だらけで白髪の痩せこけた老人の顔に変貌していったのだ。
そしてそのままオリヴァーは動かなくなり、濁流に流されていったがいつのまにか、背後にいたはずの老人の姿が忽然と消えたのだ。
「うわぁあああ、化け物だ。助けてくれ!」
ケヴィンが血相を変えて、通路の戻ろうとするが何かに足を掴まれたのか、前のめりに転び、しばらく溺れていたかのようにもがいていたがやがて静かになり、水面に顔をつけたまま浮かんで、動かなくなった。
「くそっ、何が起きてる? 行けっ!お前たちも行け!」
ボラードはアーロとジャコブを背後から押し、水路に突き落とした。
「ボラード様、何をなさるのです! ここは一旦引き、応援を呼びましょう」
それを見ていた腹心のモイラが抗議の声を上げた。
このモイラはボラードとの愛人関係にある女騎士で、どこに行くにも連れて歩く間柄であった。
「うるさい。お前も突き落とされたいのか? 黙って見てろ」
水面が盛り上がり、現れた老人が今度は弓騎士アーロの傍に現れた。
「≪
ボラードは、消費
ボラードの
≪
老人の方はというと、皮膚は焼けただれおり、左腹部の辺りを光の柱にごっそり抉られたようだった。
その身体は力なく水面に仰向けになって、浮かんでいる。
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