第105話 光の血脈

ショウゾウたちが王都を訪れてから二月ふたつきほどが経とうとしていた。


D級ダンジョン≪悪神の吐息といき≫を攻略し終え、その活動場所をC級ダンジョン≪悪神のまどい≫に移すようになると、ギルド本部の冒険者たちの間でも少しずつショウゾウたちの存在が認知されるようになり始め、酒場などでも声をかけられることが増えてきた。


リーダーのショウゾウは、外見上はよわい八十を超える老人であり、そういった高齢の者が現役の冒険者として活動しているなど、俄かには信じられない事実だけあって、どうやら自然と衆目を集めてしまうようである。


ギルド本部のカウンターでドロップ品などの換金をしていると、否が応でも同業者たちの視線がこちらに向けられているのを感じる。


「やあ、ショウゾウの爺さん。今、迷宮から戻ったのか? まさか今日も宝珠オーブをゲットしたなんてことないよな」


そう言って笑いながら声をかけてきたのは同じC級に位置するパーティ≪光矢≫のリーダーであるジャック・ヴェルデだ。

やや赤みがかった金髪で、年の頃は二十代の半ば。

どこか品を感じさせる顔立ちに、均整な体つきで、人混みの中でハッと人目を惹くほどには容姿は優れていると言っていいだろう。


少し馴れ馴れしいとショウゾウは感じているがある理由から、邪険にせず、丁寧に相手をすることにしている。


というのもこのジャック・ヴェルデは、真偽のほどはわからないが遠く光王家の血を引いているらしく、ヴェルデの姓はその名残であるそうなのだ。

もっともそのえにしはとっくに切れていて、その事を証明してくれるものは家宝である家紋の入った短剣だけという話なのだが、この国の歴史や光王家についてやけに詳しく、その話を聞くだけでもショウゾウにとっては価値がある存在だった。


生粋の王都生まれ、王都育ち。


話し半分にしても、王都のことを知るにはちょうどいい情報源だった。


「ははっ、まさか。この王都に来て日も浅いのに二つも宝珠オーブを手に入れることになろうとは、夢にも思いませなんだ。今でも、帳尻合わせに何か悪い事でも起きやしないかとビクビクしておりますわい」


「大丈夫だろ。世の中には宝珠オーブをドロップしたやつは早死にするなんて迷信があるが、それは嘘だ。俺だって、この若さで二度、獲得してるんだからさ。運がいい奴は何度もそうした良い思いをするが、運のない奴はとことんついてない。そういう奴が僻んで、そう言ったうわさを流すのさ」


そのような迷信があったのは初耳だったが、ここは話を合わせておこう。


「はは、左様か。ところで、その恰好。そちらも迷宮からの帰りですかな?」


「ああ、新しいメンバーが入ったので力量をみるために、吐息といきの方に行っていたのさ」


見ると確かに、この間、酒場で初めて声をかけてきた時にはいなかった若者がいた。


「ふむ、こうして受付前で立って話すのも、他の冒険者たちに迷惑であろうし……。もし良かったら、幸運のおすそ分けに儂が奢ろうと思うが、懇親を兼ねて、これから酒場で杯を交わすというのはどうですかな?」


「いいのかい? 随分と太っ腹だな」


「構いませんとも。儂ら王都の外から来た新参者にすれば、こうした横のつながりやえにしも大事ですからな」


「では、お言葉に甘えるとするかな。お前ら、聞いたか? この強運なご老人ラッキーオールドマンが、晩飯を御馳走してくれるんだとさ! 財布の中身を空っぽにしてやろうぜ」



ギルド本部から少し移動して、賑やかな酒場に移動した。


この酒場の名は、「炎のたてがみ亭」と言い、ジャック・ヴェルデのとっておきの店らしい。

入り口に、燃える炎のような躍動感ある鬣の馬の胸部像が取り付けられていて、それが看板代わりのようだ。

店内は広く、活気があって、様々な客層で盛り上がっていた。


エリエンとエリックはこうした他人を交えての酒の席はあまり得意ではないようだったが、宿に帰らずついて来ており、レイザーはタダ酒が飲めると喜んでいた。


≪生涯現役≫と≪光矢≫で集団客向けの大テーブルを一つ囲み、いくつかの大皿料理を囲んで、乾杯をし、和やかな雰囲気でその夜のささやかな酒宴は始まった。


酒も程よく回り、迷宮攻略についての互いが知る情報もつきかけた頃、ジャック・ヴェルデがようやくショウゾウの興味を引く話をし始めた。


「ショウゾウ爺さん、聞いてくれ。俺にはさ、夢があるんだ」


ほろ酔いの緩みきった顔で、肘をついたまま、ショウゾウの方を見てきた。


「夢? 」


「そう、夢だ。決してかなわない夢……」


杯を揺らしながら、酔った顔で呟くジャック・ヴェルデに、仲間たちが「また、夢の話が始まったぜ」と小声で囁き合うのが聞こえた。


「叶わない夢とは随分と弱気ですな。それはいったい、どんな夢なのですかな?」


「ああ、よく聞いてくれました!さすが、年の功、度量がでかいねえ。ウチの薄情者たちとはえらい違いだ。ショウゾウ爺さん、俺はさ、いつかあの壁の向こうの王城に行くのが夢なんだ。冒険者としての頂に立って、俺の存在を認めさせる。ヴェルデの末裔はここに、たしかにいますよってね。小さい頃から、俺のおふくろがいつも言っていた。今は貧しい暮らしをしているが、お前には高貴なヴェルデの血が流れているってね。俺はそれを信じていたし、どこかそれが本当のことであるって言う確信があったんだ」


「ふむ、なるほど。貴族の仲間入りをしたいと?」


「いや、違う。一度、あの壁を出て、こちら側の住人になってしまったら、もう向こうには戻れないんだ。俺が言っているのは、光王家に認められ、そのお姿を拝謁できるほどの何らかの功績を成し遂げること。例えば、王都にあるS級ダンジョンをこの世で初めて攻略した人間になるとかさ」


ショウゾウは、ここでようやく本腰を入れて話を聞く気になった。

あの王都内にそびえ立つ壁の向こうは、未知の領域であり、この王都における最大の関心事であったのだ。

冒険者としての実績を積み、エリックとエリエンを育成することだけが、ここに来た目的ではないのだ。


「戻れないとは、異なことを。おぬしは光王家の血を引いておるのだろう?」


「血は引いている。だが所詮はなんだ。あの壁の外の貴族領主たちもそうだが、この土地の先住者たちとの混血だ。王家や宮廷を取り仕切っている大貴族たちのように、高貴なる青き血を保てていない。俺に至っては、かなり昔に身を持ち崩して追放された没落貴族の末裔だというに過ぎない。壁の中の貴族達は家同士結びつき、この地を征服したオルドの民の血を保っているんだ。ノルディアスの遥か北にある島の、オルドの民が治める国から婚姻の形式で新しい血を入れたりはしていたらしいがそれについては、死んだ俺の爺さんから聞いただけの話だから本当のところは分からない……」


≪石魔≫シメオンが語った≪光≫と≪闇≫の戦いの話がふと脳裏をよぎった。


オルディンに寝返った六つの氏族とヨールガンドゥの民。

彼らを先住者だとすると、≪石魔≫シメオンたちが恐れているという≪光≫というのは、文字通り光王家のことなのであろうか。


太古の昔に、この地を侵略し、その当時の民族の血を光王家は今も保っている。

そういうことなのか?


「ショウゾウ爺さんは、たしか魔法使いなんだよな? 得意な属性はなんだい?」


「……火と、あとは他にもいくつか」


「やっぱり複数属性持ちなんだな。その年齢で、その若々しさ。魔力マナの所持量も適性も人並外れていると思ったよ。だけどな、光魔法は使えないだろう?」


光魔法は適性者が最も少なく、普通の魔法使いにとって契約するのも困難だとエリエンの養い親であったヨゼフから聞いたことがある。


ショウゾウは、適正有りの属性魔法中心に習得する方針だったため、光魔法が契約できるかは試したことはなかった。


「ああ、使えない。試したことさえも無いな」


「いいか、ショウゾウ爺さん。光の魔法は、選ばれし者の魔法だ。オルドの血が少しでも流れていない者には決して、適性が現れないんだ。これは大魔法院で議論されている仮説の中の一つにすぎないが、俺は確信を持っている。この光魔法を使えることが、俺の血筋を証明する根拠の一つでもあるんだ」


ジャック・ヴェルデは誇らしげにそう言うと木製のジョッキの中の麦酒を一気に飲み干した。


ショウゾウはエリエンの方をちらっと見たが、今の話が本当かどうかは分からないという顔をした。




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