第104話 覚醒と成長

都市の中に迷宮があるという好条件であるにもかかわらず、この王都を活動拠点にし続ける冒険者の数がそれほど極端には多くならない理由がこの数週間ほどの活動でわかってきた。


オースレンでもそうであったようにD級以下の迷宮は、古くからの≪迷宮漁り≫たちの存在で飽和状態に陥っており、もはや新たに集まって来た冒険者のすべてを受け入れるにはその規模、魔物の数、ともに不十分であったのだ。


かつてこの王都でも活動していたレイザーによると、迷宮内での冒険者同士の競争はその頃から熾烈で、稼ぎにくい環境の上に、王都の物価高のせいで暮らしていけなくなる者が後を絶たなかったのだという。


レイザーがその時に所属していたパーティも、リーダーだったマシューが所持スキルの≪鑑定≫を使ったギルドでのアルバイトを追加でして、ようやく収支がトントンになるといった状況だったそうで、そうした先の展望が無い日々に疲れ、拠点替えを行ったのだそうだ。


難易度が低い迷宮で十分な経験を積むことができないので、若い冒険者はすぐによその都市へと移ってしまうという原因もある。


エリックやエリエンもそうだったのだが、E級以下のダンジョンは整理券による予約待ちをしなければボスモンスターを倒せず、結局、その予約した日が来るまでの間は、己の力量を超える難易度であるD級以上の迷宮か、迷宮外での依頼をこなすしかなかったのである。


とはいえ、エリックたちは元々の素質もあったのか、レイザーの適切な助言もあって、すぐにこの王都のD級ダンジョン≪悪神の吐息といき≫での活動をどうにかこなせるようになっていったのである。


予約していたE級以下のダンジョンのボス攻略も次々と終え、いくつかの貴重な戦利品を得るなど、まさに≪生涯現役パーティ≫の活動自体は順風満帆であった。


だが、問題がまるでなかったわけではない。


ショウゾウは、宿のテーブルの上にこの王都にやって来てからの収支をまとめた紙を広げ、皆にそれを見せた。


「迷宮内の魔物のドロップ品の換金額と攻略日の合間にこなした依頼の報酬を足して、滞在の経費と大体同じくらいだな。これに自分たちの取り分を考えると完全に赤字だ。攻略するダンジョンの難易度を一つ上げれば収支が逆転しそうな感じだが、他の冒険者たちもこんな感じなのか?」


ショウゾウは、とてもつまらなそうな顔でレイザーに尋ねた。


「そうだな。D級以下のダンジョンで活動してるパーティは、だいたいどこもこんな感じだと思うぜ。あとは共同で空き家を買って宿代を浮かせたり、副業との両輪で何とかやりくりしているとか、そんなところだろう」


「理解できんな。命を危険に晒すような真似をせねばならんのに、まったく釣り合わんではないか」


「まあ、仕方ないさ。それなりに不自由なく暮らすのであれば、地方に移ればいい。この王都にしがみつくのには皆、それなりに理由があるんだ。≪オルディンの光槍≫と≪隻眼せきがんの魔術王≫のような上位のパーティに認められて、そのメンバーにでもなろうものなら、冒険者としての成功は約束されたようなものだし、それにB級以上の迷宮を安定的に攻略できるようになれば、かなり裕福に暮らせるんだ。この王都には、冒険者にとっての夢と希望が集まっている……」


自らの青春時代でも思い出したのか、レイザーはそう言うとどこか遠い目をした。


「夢、希望。おぬしの口からそのような言葉が出て来るとはな」


「悪いか。これでも若い時は、真剣にB級以上の冒険者を目指してたんだ。斥候スカウトとしての技術はけっこう自信があったし、仲間にも恵まれていたと当時は思っていた。だが、冒険者を続けていくうちに、才能の限界という壁にぶち当たっちまった。俺の≪覚醒≫はもう三十回以上を数えるが、こと戦闘面の向上はほとんど見られなかったんだ」


≪覚醒≫というのは、ショウゾウが勝手にファンファーレ現象と名付けたレベルアップのことらしい。

皆との会話で何度かその単語を耳にしていく内に、その意味を推察したのだが、非常識だと思われるのが嫌で、詳しく尋ねることができないでいたのだ。


これは自然な流れで≪覚醒≫について聞くチャンスではないかとショウゾウは考えた。


「すまんが、その≪覚醒≫について少し教えてもらっても良いか?前にも言ったが、儂の記憶はその辺のところが少し曖昧でな。変な質問をしていると思われるかもしれぬが、エリックたちの今後の育成を考える上でも確認しておきたくてな……」


ショウゾウが予想していた通り、その場にいた全員が奇妙な顔をしており、会話が途絶えてしまった。


「その……、ショウゾウさん。≪覚醒≫について一体何が聞きたいんだ? 」


「すべてだ。≪覚醒≫とは何なのか。その≪覚醒≫の具体的な効果、個人差はあるのかなど知っていることを教えて欲しい」


「ショウゾウさんは、ご自分の≪覚醒≫回数はご存じなのですか?」


エリエンが恐る恐るといった感じで尋ねて来た。


「ああ、たしか覚えているだけでも二十前後ぐらいはあったようだ」


「二十だって? それは記憶を失っていたという以前の分は、入っていないんだよな?」


皆が身じろぎし、驚いた様子でショウゾウの顔を見た。


「そうだ。何か変なことでもあるのか?」


「変も、何も、異常だぜ。成長期の子供だってそんなに一遍には上がらないものなんだ。年齢が上がってゆくほどに、≪覚醒≫の頻度は少なくなっていって、そして成長は止まる。唯一の例外は、迷宮の魔物を倒した場合で、これはなぜか肉体の成長とは関係なく、その個人の限界までは比較的早く発生するようだな。だが、それも回数が増すほどに頻度は落ちていって、最後にはどれだけ魔物を倒しても上がらなくなってしまう」


「私も冒険者になって日が浅いですが、二つほど上がりました。それ以前の人生では、覚えているだけで十回前後ですので、合わせて十二回前後だと思います」


「気にして数えたことは無いけど、僕もそのくらいかなぁ」


どうやら自分の成長は、この世界の住人たちとは少し異なった部分があるらしい。

イルヴァースにやってきた時点で、レベル1だったわけだが、そこからこの数字が増えたことでどういう変化があったのかに少し無頓着であったことをショウゾウは深く反省した。


若返りによる効果も重なっていたこともあり、身動きが自由になったとは感じていたが、よくよく考えてみれば、元の世界で四十代だった頃であったとしても、魔物たちと戦えたとは思えず、レベルアップというものの恩恵があったことは明らかだった。


「なるほどな。では、迷宮の魔物を倒すと≪覚醒≫が起きるというのはなぜなのだ?野生の動物や迷宮外にいる魔物、……たとえばだが、人間を殺してしまった場合にも≪覚醒≫は起きるのか?」


「いやいや、ずいぶんと物騒なことを言うなあ。≪覚醒≫が起きるのは迷宮の魔物を倒した場合だけだ。もし、ショウゾウさんが言うようなことで≪覚醒≫が起きるなら、罪人を処刑する執行人や猟師なんかが物凄く成長してしまうことになるだろう。だが、そんな話は聞いたことも無い」


レイザーの説明に、ショウゾウは腕組みし、首を捻った。


奇妙だな。

自分の場合は、人間を殺してもレベルアップしたが、≪覚醒≫の条件が自分だけ違うのか?


それに迷宮の魔物を倒すことで成長に格差がでるとするならば、冒険者と非冒険者の能力の間に相当の隔たりができる。

そうであるならば、迷宮になどほとんど関わらない貴族や王族などはそういった個人の能力の面で、冒険者よりもかなり劣った存在ということになり、体制の維持などに支障が出て来るのではないのだろうか。


それともそうした迷宮の魔物を使った≪覚醒≫など必要としないほどに最初から優れているのかもしれないが、いずれにせよ今は確かめようもない話だ。


一つかねてよりの疑問が解決したが、それに付随したいくつもの謎が新たに出てきてしまった。


「まあ、迷宮内の魔物を倒すことによって起きる≪覚醒≫については、迷宮そのものの謎も相まって、わかってないことも多いんだ。人間を更なる高みに導く訓練の場として、光の神オルディンが悪神の骸を使って迷宮を作ったと信じている者もいれば、迷宮に残っている悪神の力が、人間に力を与えるのだと主張する者もいて諸説様々さ。あとは確か……≪覚醒≫の効果に個人差があるかだったな。これはもちろん個人差がある。肉体が強化されたり、感覚が鋭敏になったり、その人間によって違う。俺が知っているのはこのくらいだな。どうだい、ショウゾウさん、少しは役に立ったかな」


「ああ、変な話をして悪かったな。話を今後のことに戻そうか」


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