第103話 悪神の欠伸(あくび)

オースレンを牛耳ることができても、この国の権力の中枢にはおそらく食い込めない。


それがたった一日の滞在でショウゾウが導き出した結論であった。


この都市の支配者とグリュミオール家ではその権力に差がありすぎる。


王都ゼデルヘイムの繁栄ぶりと、その都市機能の充実ぶりから、この土地を支配し君臨しているという光王こうおう家の権力の絶大さを見せつけられた形で、「まずはオースレンを我が物とし、いずれは王権に影響力を持つ」という今後の展望の変更を余儀なくされてしまったのだ。


王都ゼデルヘイムを木の幹に例えるならば、オースレンなどの地方都市は枝葉、いやそれ以下の存在だ。

この国における各地方都市は、いわば富や資源を集めるための道具であり、各地に散在する迷宮の管理人に過ぎないように思われる。


さらに市街地と支配者階級が住むとされる区域の境となっている内部城壁の高さから、身分階級による隔たりの大きさも感じざるを得なかった。


出自や家柄、血筋といったものは努力ではどうにもならない。


光王家に取り入ろうにも、あの壁の向こうに行けるようにならなくては、その端緒をつかむことすら叶わないのだ。


縁もゆかりもないこの異世界に、何も持たずこの身一つでやって来た自分がこうした閉鎖的な価値観をもつ社会の中で成り上がるにはまともな方法では恐らく駄目だろうとショウゾウは改めてそう思った。



志と目標を高く保つことは、人生を豊かで楽しいものにする秘訣ではあるが、まずは目先のことを一つ一つこなさなければならない。


ショウゾウは、気分を切り替えて、このゼデルヘイムにある迷宮について詳しく調べ、その攻略の計画をたてることにした。


かつてこの王都でも活動していたことがあるレイザーからおおまかな話を聞き、それを補う形で酒場やギルド本部などで情報収集を行った。


ゼデルヘイムには、難易度が高い順からS級、A級、B級、C級、D級、E級、F級、G級の七つの迷宮が存在する。


これらの迷宮の難易度が物差しとなり、各地の迷宮のランクが格付けされているわけであるのだが、S級に位置付けられたこの迷宮だけは未だ何者にも攻略されたことは無く、その浅い階層での≪迷宮漁り≫を行う者すら皆無であるという話だった。

光王家の支援を受けている≪オルディンの光槍≫と≪隻眼せきがんの魔術王≫の二つのS級パーティが定期的に挑みはしているものの、攻略のめどはたっていないそうだ。


D級以下の迷宮が、そこで生計を立てる冒険者たちによって縄張り化しているのは、オースレンと同様で、A級、B級、C級は≪踏破者とうはしゃ≫向けの迷宮であるという話だった。



ショウゾウはまず、エリエンとエリックに経験を積ませる目的で、最も難易度が低いG級から順に攻略を進めていこうと思っていた。

迷宮を守護するボスモンスターを初討伐する際に得られる初回限定の初ドロップ品をそれぞれ回収しつつ、魔石や拾得物、宝箱の中身などから得られた利益でパーティの装備品などを充実させる考えだった。


ショウゾウたちは、市街地にある店を回り、冒険のための準備を済ませるとさっそくG級ダンジョン≪悪神の欠伸あくび≫に潜ってみた。

≪悪神の欠伸あくび≫は地下一階のみで、広さもそれほどではない。

外観は石造りの真四角な建物で、これが本当に迷宮なのかと思わず疑ってしまう。


その建物は民家ほどの広さで、何もない部屋に地下へ続く大穴が一つ空いているだけだ。


その大穴は急な下り坂になっていて、降りた先は自然洞窟のような内観をしている。


そして魔物と出会う前に、まだ経験が浅いと思われる冒険者の集団と出くわし、その後の通路でも遭遇するのは人間ばかりだった。


そして不思議なことに、頻繁に何度も引き返してくる冒険者に出会い、その度にショウゾウは首をかしげることになった。


そして使用する必要のない≪休息所≫の部屋を抜けるとすぐにボスモンスターの部屋があり、その扉の前には順番待ちの若い冒険者たちで、十人ほどの行列ができていた。


「やれやれだな……」


ため息混じりにそう呟き、最後尾に自分たちも並ぶ。


するとすぐに何者かがやって来て、「ソロ攻略ですか? それともパーティ攻略ですか?」と尋ねてきた。


見ると片腕に冒険者ギルドの紋章が入った腕章をしており、手には小さく切った紙の束を持っていた。


「いや、すまんが、儂はこの迷宮に来たのは初めてでな。質問の意図がわからん」


「ああ、そうでしたか。すいません。私はギルド本部に雇われている者で、冒険者同士で喧嘩にならないように、ボスモンスターの間の攻略順の管理を任されているのです」


「攻略順?」


「はい。ご覧の通り、王都の冒険者は数が多く、ここよりは若干マシですが、E級以下の迷宮はだいたいこんな感じです。ですので、整理券を配って長時間待たなくて済むように工夫しているわけなんです。それで……、単独ですか?それとも集団ですか?」


なるほど、≪悪神の欠伸あくび≫か。


たしかに攻略順を待っているだけで欠伸が出てきそうだ。


ここのボスモンスターの再出現リポップは一日に4回。

エリックが4日後の深夜で、エリエンがその翌朝。


ショウゾウは、いずれこの迷宮を消滅させる時でいいという判断から遠慮した。


ちなみにレイザーの話では、昔はこうした管理は為されておらず、根気強く列に並んで順番待ちをしていたらしい。


しかし、そのおかげで並んでまで攻略をするのを嫌がる冒険者も結構いて、運が良ければ空いている日もあったらしい。

整理券を配るようになったせいで、余計に待つ期間が長くなったようだ。



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