第102話 廻る毒

スキル≪オールドマン≫で生気エナジー部分だけすべてを吸い尽くすと、もともとかなり酔っぱらっていたこともあり、エリックを殴った男は自らの足で立っていられなくなった。


ショウゾウに身を預け、泡を吹き、すっかり白目を剥いてしまっている。

顔も青ざめ、呼吸もしているか定かではない。


しらふの状態でも生気エナジーを一気に全部失うと昏倒してしまうほどの虚脱感があるようなのだが、これにアルコールの影響が加わると急性の中毒症状に近い状態になる。


剥き出しの無防備な≪命の根源≫が、酒精の影響をもろに受けてしまうのだ。


これはオースレンの路上にいた酔っぱらいで実験済みだ。

その時は、翌朝、死体で発見されていた。


「おい、しっかりしろ!大丈夫か!」


ショウゾウは、男の体を丁寧に床に寝かせると、大げさに大声を上げた。


「おい、おぬしら! その姿恰好からすると、この酔っ払いの仲間であろう。手を貸せ!」


ショウゾウの語気の強さと迫真の演技に、集まって来ていた≪オルディンの光槍≫というらしい紋章入りの灰色マントたちが、呆気にとられる。


加勢しようとしてきたつもりが、気勢をそがれた形だ。


「酒の飲み過ぎじゃ。放っておくと死んでしまうぞ。ほれ、こっちに来てみろ。顔が真っ青で、呼吸も止まっておるんじゃないのか?」


ショウゾウに促され、男の仲間たちが近づいてきたので、それと同時に、自らはその場から立ち上がって、数歩下がる。


「おい、爺さん。こいつ、一体何があったんだ」


仲間のうちの一人が尋ねてきた。


「いや、詳しくはわかりませぬ。わしらはさっきこの王都についたばかりの田舎者ゆえ。ただ、酒に酔って暴れておったので、落ち着きなされと声をかけておったところ、急にこのように泡を吹いて倒れましてな。こうした状態は酒の飲み過ぎでよく見られる症状。寝かせておれば、そのうち治るなどと、油断すると危険ですぞ」


「詳しいな。治癒術士か何かなのか?」


集まってきた者たちのうちで一際、貫禄があり、眼光が鋭い別の仲間が、ショウゾウの傍らに寄り、尋ねて来た。

鎧の左胸にもマントと同じ紋章をつけた三十くらいの男で、その何気ない身のこなしから、かなり鍛えられた肉体をしていることが想像できた。

黒みがかった金髪をしており、精悍な顔つきだった。


「いえ、長く生きておると、年の功で、そうした者を何人も見ておるだけですじゃ。酒は少量なら薬となるが、過ぎれば毒になりますからな。着ているものを緩め、水などを取らせた方が良いと聞きますが、それこそ、お仲間に治癒術士がおられるんであれば、すぐに見せた方がいいですぞ」


「なるほど。……わかった。あとはこっちでどうにかする。世話をかけたな。御老人、名前は?」


「儂ですかな? 儂はショウゾウ。オースレンから来た、ただの老いぼれ。皆様方の邪魔にならぬよう、この王都で余禄稼ぎをしに参っただけの者ですじゃ」


「丁寧な挨拶痛み入る。俺は、≪オルディンの光槍≫の副団長ランデルだ。この王都で活動するなら、また会うこともあるだろう。礼はその時に改めて」


「いやいや、儂の如き、取るに足らぬ者。すぐにお忘れください。それでは、失礼いたします」


ショウゾウは、恭しく一礼すると、エリックを立たせ、「さあ、いくぞ」と声をかけた。



ショウゾウたちはギルド本部から少し離れた、比較的静かな通りの、安価な宿を探してそこの大部屋をひとつ取った。

王都の物価は聞いていた通り高く、宿代もオースレンの三倍ほどが違っていたため、無駄な出費を避けるため節約した形だ。


室内は広く、寝室部分が間仕切り壁で仕切られているなど、二部屋分と考えると割とお得感があった。

≪照明石≫も複数付いていて、古いが掃除が行き届いている。


「いや~、それにしてもさっきは冷や冷やしたぜ。ショウゾウさん、よく、あの場を切り抜けれたな」


各自、好きな場所に己の荷物を置き、腰を降ろすと開口一番、レイザーが口を開いた。

冒険者ギルドを出てこの宿に辿り着くまで、さきほどの連中に尾行されてはいないかなど、神経をとがらせていたために、何回も「すいませんでした」と謝罪を繰り返していたエリック以外は皆自然と口数が少なくなっていたのだ。


その中でも一番警戒の意識を強く持っていたのはレイザーであろう。


最後尾を歩き、常に周囲に目を光らせていた。


「本当に僕のせいでごめんなさい。僕の図体は立っているだけで邪魔になるって、子供の時から言われていたのに、ぼーっとしちゃって」


エリックは顔の前で手を合わせ、何度も頭を下げている。


「こりゃ、エリック。儂は死人ではない。そう何度も拝むでないわ!儂も内心ではかなり焦っておったぞ。最悪、一戦交えねばならぬと覚悟もしていたぐらいだからな」


「そうかな? 俺の目には、顔色一つ変えずに平然としていたように見えたぜ。堂々たる役者ぶり、いや悪役ぶりだった。あの場を切り抜けただけじゃなく、ちゃっかり≪オルディンの光槍≫に恩を売りつけるんだからな。しかもエリックが殴られて、俺がどうしようか考えている時には、もうショウゾウさんは動き出してた。いったいどういう頭の回転をしてるんだか、ホント、恐れ入るぜ」


「いいか? ああいう時はな、頭など使わんのじゃ。大事なのは機。その機を逃すと事態はどんどん悪化してゆく。相応しい時、相応しい場所、相応しい実力の三つの条件がそろっていたなら、あとはもう体が、最適の解決方法に向かって勝手に動くものだ。どうしようかなどと頭であれこれ考えておるようでは遅すぎるのだ」


「へいへい、さすが人生の先輩。お見逸れしました」


三人のやり取りに少しこわばった表情だったエリエンが笑みをこぼした。


「まあ、今の言葉は少し恰好つけすぎたな。実は、ギルドの規則で、加入者同士のいさかい、私闘は禁じると最初に渡された案内書ガイドに書いてあったのを覚えていてな。いざという時は、ギルド職員に命乞いでもすれば、まさか殺されはすまいという保険があったのよ。ギルド本部の外に出てからのことは保証できんがな」


「それにしても、あの男の人は一体どうしたのでしょうか? たしかにかなりお酒が入っているようにお見受けしましたが、意識を失ってしまうほどとは思いませんでした」


エリエンの疑問に、レイザーが思わずチラッとショウゾウを見た。


ショウゾウはその視線に気がつかぬふりをし、革の水筒を取り出しながら、いつもと変わらぬ様子でそれに答えた。


「酒はな。魂の薬にはなるが、肉体にとっては少量であろうとも実は、毒なのだ。血とともに全身を駆け巡り、時に悪さをすることがある。健常なものにとってはその影響は軽微だが、心の臓やどこか臓腑に欠陥を抱えた者にとっては深刻な事態を引き起こすことがあるのだ。エリックに暴力を振るうなど激しい動きをしたために、おそらく隠れた持病などが悪化し、ああなったのではないかな。まさしく、過ぎたる酒は毒の如しというわけじゃな。廻る毒が、人の命を奪うことがあるということ、儂らも肝に銘じて飲酒せねばな。とはいっても、心のどこかでそれを自覚しながらも、薬だと言って飲んでしまうのが人の悲しきさがというものなのだが……」


「そ、そういうものなのですね」


「そうだ、エリエン。毒と言えば、たしか命魔法に≪解毒ディアポ≫というのがあったが、あれは酔っぱらいに効くのであろうか?」


ショウゾウはそのまま話を、魔法談議に持ち込み、長話にならぬくらいのきりの良いところでどこかで飯を食おうと皆を誘った。


もうかなり夜も深まっているが、ここは眠らぬ都ゼデルヘイム。


≪照明石≫の輝きで、開いている店はまだ結構ありそうだった。


「レイザーよ、このあたりで、どこか良い店知らんか? 酒でも飲みながら、さっきの≪オルディンの光槍≫とかいう連中について少し聞きたい」


酒は毒だと、あれほど熱弁したその舌の根も乾かぬうちにレイザーを誘うショウゾウの姿に、エリエンとエリックは顔を見合わせて笑った。




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