第101話 災いを呼ぶ男
王都ゼデルヘイムの人口が二十万人前後という話が本当であれば、元の世界の日本で言えば、地方の中核市程度の規模であり、存外、大したことは無いなと思わず考えてしまいそうになってしまうが、あくまでもそれは近代化を終え、科学、文明の発展が人口爆発をもたらした後の、現代に住んでいた人間の尺度からくる誤解だ。
このように農業も、産業も発達していない世界で、二十万人の生命を維持するだけの食料や水、住居などを備えた都市を維持し、繁栄させることは並大抵のことではない。
記憶が確かなら、二十万人という規模は17世紀初頭における西洋の主要都市の人口に匹敵するぐらいだったはずで、それをこの程度の文明レベルで成し遂げている辺り、この都市の支配者たる王権の力の大きさが窺い知れるものだ。
だが、その事に感心する一方で、あの王城のような、巨大で、高度な建造物を築造し、なおかつ迷宮から産出される魔石などの資源を有効に活用するだけの技術があるのなら、もっと発展していても良さそうなものだとも思える。
他にも王都を二つに区分するあの内側の城壁の向こう側もどうなっているか知りたいし、この王都と地方の格差はどこから生じているのかなど、考察すべき謎と興味をそそそる対象に事欠かない。
ショウゾウは、大いに賑わう繁華街の雑踏を眺め歩きながら、そのようなことを考えていたのだった。
ショウゾウたちがまず最初に向かった先は、ギルド本部と呼ばれる王都の冒険者ギルドであった。
そこはオースレンのそれとは異なり、まるで砦を思わせるような大きな建物であった。
その武骨で、歴史を感じさせる外観は、組合の建物にしては異様という他は無く、ショウゾウをして、思わず立ちすくんでしまうような威圧感があった。
「驚いたな。これではまるで要塞ではないか」
「ハハッ、さすがのショウゾウさんも、この見た目には驚かされたようだな。だが、その感想はあながち間違ってはいないぜ。何せ、この建物は本当に要塞だったんだからな。かつて、この地上に迷宮のとは異なる野生の魔物が多く跋扈していた時代の名残りで≪魔物討伐隊≫の本部として使われていたんだそうだ。さらにその前には、この地を治めていた豪族か何かの遺構であったともされ、それを何度も改修して、今の時代のギルド本部として利用しているというわけだ」
「なるほどな。ここまで歩いて来た街並みも、その場所によって、随分と年代が異なるように感じていたのはそう言うことであったのか。もともと何らかの都市があった場所に手を加えて、今のこの王都を造ったというわけなのだな」
石造りの建物はおそらくその建てられた年代からそれぞれ意匠が異なるし、街のあちらこちらには相当古い敷石が今もまだそのまま残っている。
初めて訪れたギルド本部は、七つのダンジョンを抱える迷宮都市の冒険者ギルドに相応しい規模と設備を整えたものだった。
併設されている大きな酒場には多くの冒険者の姿が見られ、照明設備が充実しているおかげか、この時間になっても長い受付カウンターには夜勤の受付職員が一人残っていた。
さっそくショウゾウはレイザーを伴い、当面の活動拠点を王都にする旨の変更手続きを行った。
こうしておくと、預金や組合保険の加入状況など、オースレンのギルドとの間で照会と情報の引継ぎが行われ、各種サービスを利用する上で面倒が少なくなるのだそうだ。
冒険者証や各地方ギルドと本部間の情報共有システムとでもいうべきものは、≪魔物討伐隊≫という組織があった時代のテクノロジーの再利用であるそうだが、電気も機械も使わずこの質の情報伝達を成し遂げているのは、魔法文明というものもなかなかに侮りがたしと内心で唸った。
もっともこれがほかの分野まで普及しないのは、これを構築、運用するためにはその種の特殊な魔具師系の≪スキル≫をもった人間が複数必要なためであるそうで、さらにその≪スキル≫は希少なのだとか。
パーティ≪生涯現役≫のリーダーであるショウゾウが、確認のため、冒険者証を渡すとギルド職員がにわかに笑顔を作って、「おめでとうございます」と言ってきた。
何事かと尋ねると、どうやらオースレンでの管理型公営迷宮での活動記録のおかげで、パーティランクがC級に昇格したとのことだった。
ショウゾウ自身もなぜかギルド貢献点の特別加点がなされたとかでC級に昇格したという話だった。
「おめでとう。ついに、ショウゾウさんに追い越されてしまったな」
傍らのレイザーがそう言って笑った。
しかし、その直後のことだった。
背後で怒声と鈍い音が響き、エリエンの悲鳴が聞こえた。
振り返って見ると、エリックが酒場の酔客との間で何かあったようで、頬を押さえながら床に腰を落としていた。
どうやら殴られたようだ。
そのエリックを見おろしている相手は、特徴的な十字の紋章が入った灰色のマントをつけた中肉中背の男だ。
軽装ながらも武装しており、腰に下げた長剣から前衛職の冒険者であると推察できた。
顔が真っ赤でかなり酒が入っているようだ。
場が騒然とし、酒場で飲んでいた冒険者たちもこちらの様子を窺っている。
「まずいな。相手は≪オルディンの光槍≫のメンバーだ」
レイザーが低い声で呟く。
ショウゾウはその呟きを聞くか聞かないかのうちに、エリックとその男の間に割って入った。
男は拳を振り上げており、さらにもう一撃加えようとしていた。
「おお、どうか、お待ちくだされ。うちのパーティの新人がなにか無礼でも働きましたかな?」
「なんだ、ジジイ! こいつはお前の仲間なのか?」
「はい。この者が一体、あなた様に何をしたのかは見ておりませんでしたが、どうか怒りをお収めくだされ。話なら儂が聞きましょう」
「駄目だ。こいつはこの俺様が気分よく家路に着こうという時に、このでかい図体で思いっきりぶつかってきやがったんだ」
「嘘ですよ!僕はここで立って待っていただけですし、ぶつかって来たのはそっちじゃないですか」
左頬を赤く腫らしたエリックが反論すると、酔ったその男はますます激昂して掴みかかろうとするが、それをショウゾウは身を寄せて引き離そうとした。
「まあ、まあ。話せばわかります。落ち着いて……」
男が振り上げた方の手首を掴み、反対の腕の服も掴む。
そのまま身体を押し付けて、前に進ませないようにする。
酔っているせいか、それとも見掛け倒しなのか、思ったほどこの男の力は強くないと感じた。
レイザーの呟きは気になったが、前衛職でこの力なら大した実力は無いのではないか?
「ぐっ、なんだ? 老いぼれとは思えぬ力だな。クソジジイ、離れろ。ぐっ、は、放せー!」
振りほどくことができなかった男が大声を上げると、酒場の方から同じようなマントをつけた者たちが大勢集まって来た。
この酔っ払いの仲間であろうか、ざっと見て、十人はいる。
ふむ、参ったな。
王都に来てそうそうにこれか。
前に、オースレンのギルドでも絡まれたことがあったが、つくづく儂は災いを呼び寄せる体質であるらしい。
ショウゾウは、内心でため息をつきながら、スキル≪オールドマン≫で掴んでいる手首から
寿命などを司る≪命の根源≫たる部分の、その上澄みたる
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