第98話 支配被支配の壁

王都ゼデルヘイムの中心にある城が、無数の≪照明石しょうめいせき≫に照らされ、夜の闇を切り裂くかのようにそびえたっていた。


その城は、巨大で、背が高く、幾つもの尖塔を備えているほか、それ自体が天を衝く塔のような形状をしていた。

一本の巨大な塔に大小多数の塔が寄り添い集まっているような、そんな意匠だった。


王都のどこからでも見ることができるこの破格の建造物は、人口二十万人とも、三十万人とも言われる都市の民を睥睨しているかのような威厳ある佇まいで、より発達した文明国家からやって来たショウゾウを持ってしても思わず息を呑んでしまうほどの驚愕と感嘆を抱かざるを得ないものであった。


この城は戦うことに主眼を置いたものではなく、世にその権威を知らしめるための城であると思われ、戦国時代の天下人が築城した天守ある建物のような役割をしているのかもしれないとショウゾウは考えた。


利便性や機能面を考慮すると、この王城には無駄と思われる要素が多すぎる。


それはすなわち外から攻められることを考慮せずに済むほどにこのノルディアスの王権が突出して強盛であり、盤石なものであることを示しているように思う。



ショウゾウはその王城を眺めつつ、都市を囲む城壁に設けられたいくつかある入り口で、入都にゅうとのための手続きが終わるのを待っていた。


手続き自体は旅慣れたレイザーが一行を代表して行ってくれており、門に配置された役人とのやり取りも特に問題なさそうだった。


冒険者は王都への出入りの際の手続きが簡略化されており、冒険者証の提示といくつかの聞き取り調査があるだけだ。

それが済んだ後は、冒険者登録の際に見たのとそっくりの光る玉に手で軽く触れ、門をくぐるだけだ。


個人情報を抜かれたり、何か後ろ暗いことを感知されるのではないかとショウゾウは少し不安だったが、やむを得ないと覚悟を決めた。


入都税も免除されるようで、そのことからもいかに冒険者という種の人間をこの王都が必要とし、歓迎しているかがわかった。


というのも、レイザーたちによると、この王都ゼデルヘイムには、人々が暮らす都市でありながら、街中に八つの迷宮が存在しているのだそうで、そこで活動する冒険者によってもたらされる資源やそれに付随する副次的な産業の活性などが欠かせぬものであるらしいのだ。


迷宮のランクは奇しくも、S級からG級までひとつずつあり、新人からベテランの実力者まで多くの冒険者が、この王都に集い、しのぎを削っている。


迷宮都市。


それが王都ゼデルヘイムの別名であるらしかった。


この話を聞いた時に、ショウゾウは、このゼデルヘイムの都市の在り方は、自分が発案した管理型公営迷宮の発想に近いなと思った。


生活や経済など様々な面で、迷宮という存在に依存せざるを得ないのであれば、いっそのことその周辺に街を作り暮らそうと思いつくのは当然の流れで特別なことではない。


このゼデルヘイムでは、迷宮の入り口に検問所を設けたり、特に管理しているということも無いようであるが、オースレンの成功例を知ったなら、いずれそういう流れになるのは必然のことかもしれなかった。


「ショウゾウさん、このゼデルヘイムには、≪冒険者たちの街≫というもう一つの別名がある。だがな、それは表向きの話なんだ。ここは王都であって、まだ王都ではない」


「どういう意味だ? お前にしては、ずいぶんと回りくどい言い方をするのだな」


「ああ。あまりデカい声では言えないが、この先にはもう一つ城壁があって、そこから先には俺たちのような下々の者は入れない区域があるんだ。そこには貴族や王族らの身辺の警護をすべく代々仕えている重臣たちの居住区がある。そこが、まあ本当の意味での王都というわけだ」


「ほう。それではうっかりその区域に足を踏み入れようものなら大変だな」


「いや、その心配はいらない。ここからも見えるだろう。その境を区切る城壁は外周の城壁よりも高く、見張りもいるんだ。向こうから召し出されでもしない限り、俺たちには無縁の場所だよ」


なるほど、厚遇しているように見せて、冒険者は所詮、労働者にすぎないというわけか。

その辺の線引きは当然、しておるのだな。


オースレンではその垣根が低かったようにも思われるが、そういった根底にある支配者層特有の意識は確かにあったように思われる。


庶民は、王侯貴族が豊かに暮らすための道具に過ぎず、そのために生かされているにすぎないという現実がここでは顕著なだけなのだ。


これはイルヴァースに限ったことではなく、元の世界でもあったことだ。

いわゆる上級国民と呼ばれるような存在だった儂とその他大勢の有象無象の関係もそうであった。


誰もが儂に平伏し、顔色を窺い、そして忖度そんたくしてきたのだ。


支配する側、される側。

そのどちらに属するかで境遇は一変する。


このイルヴァースでは血筋や生まれが絶対的な価値を持っているようで、元の世界と比べると、身分を分けるあの城壁の向こうに住む者たちに加わるのは至難のことであるように思った。


だが、それと同時にショウゾウは別の考えも抱いていたのである。


壁が、人生の成功を阻むのであれば、その壁自体を壊してしまえば良いのだと。


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