第97話 王都ゼデルヘイム
管理型公営迷宮≪悪神の偽り≫の本格的な営業が始まったのを機に、ショウゾウたちはオースレンをしばし離れることにした。
この迷宮に関する新たな試みは周辺都市の冒険者たちに少なからぬ驚きと関心を抱かせたようで、にわかに大勢の人間が詰めかけたために、需要と供給が飽和状態になりかけてしまったのだ。
迷宮内の宿泊施設はもちろん、やって来た冒険者たちで満室。
周辺に建てられた宿舎も満員で、そこからあぶれた者たちはその周りの土地に野宿しなければならないという有様であった。
迷宮への入場も制限され、待たされる冒険者からは苦情がすごいということであったが、それでもこの施設への関心は高かったようで、一度は中を見てみたいということなのか、連日、入場希望者が絶えない状況であるらしい。
マルセルたちがさらに下の階層を攻略し、整備が進めばそれも解消されるのであろうが、それを待つのは、貴重な時間を費やしてまで行列ができる飲食店に並び食事をすることや、人気が出て株価が上がり始めた銘柄に投資をするのと同様に愚かなことだとショウゾウは考えた。
時は金なり。
ショウゾウが当面の活動拠点に選んだのは、王都ゼデルヘイムであった。
異なる世界からやって来たショウゾウにとっては、当然、初めて訪れる土地であるし、この国の最高権力者のお膝元でもあるということから、かねてより強い興味を抱いていた都市でもあった。
だが、このオースレンですら広く、その環境に馴染むのがやっとであったため、ここからよその土地に出向いてみようなどという心の余裕が無かったのである。
自分が知る限り、このイルヴァース世界は、元の世界とは異なり、治安は悪く、医療も発達していない。
知識も無いまま見知らぬ土地に移動するなど、少し前のショウゾウにはただの自殺行為にしか思えなかったのだ。
現在は、魔法の使い手としての実力も向上しつつあり、頼もしい仲間もできた。
今の状況であれば、オースレンの外に出てみることも可能であろうと決心がついたのであった。
とはいえ、この活動拠点の移動はショウゾウにとってあまり気乗りがしないものであった。
最近のオースレンは、管理型公営迷宮の営業開始という明るい話題の影で、北地区との住民との間に問題を抱えており、その経過も気になっていたのだ。
領主不在のまま、問題解決の糸口も見えず、なにやら内乱の兆し有りという不穏な噂さえ耳にする。
無論、それは口さがない庶民の噂話に過ぎない程度のものであるが、火のないところに煙は立たないということもあり、ショウゾウも目を光らせていたのだ。
オースレンには当面のところ、安定していてもらわねば困る。
そのために、管理型公営迷宮の企画を持ち掛け、助け舟を出したのだから。
オースレンから王都ゼデルヘイムまでは馬車で三日前後。
東の街道をひたすら進んだ先にある。
オースレンがあるグリュミオール領から一歩も外に出たことが無かったショウゾウは、年甲斐も無く、まだ見ぬ都市の、まだ見ぬ景色に思いを馳せつつ、荷馬車の御者台で手綱を握っていた。
誰からか奪った≪御者LV1≫と≪乗馬LV1≫のおかげか、手綱の操作法だけでなく、停車中の馬の休ませ方など貸主から説明を一度聞いただけで、しっくりときた。
そして、実践してみると、これが天職だったのではないかと錯覚してしまうほどに上手く荷馬車を操ることができたのだった。
レイザーも少しは心得があったようであったが、しばらくその様子を眺めていて、「これはかなわねえや」と白旗を上げた。
オースレンでの迷宮消失騒動後、魔物の数が飛躍的に増えたという話であったが、ショウゾウたち一行に襲い掛かって来る魔物は一匹たりともいなかった。
遠目にその姿を発見しても、まるで魔物たちの方からこちらを避けているかのようにどこかにいなくなってしまう。
レイザーとエリックは自分たちが行き来した時とはまるで違うと驚いていて、改めてこの驚くべき老人の異様な運の強さゆえであろうと変な感心の仕方をしていた。
王都ゼデルヘイムは人口はおよそ二十万人。
人口の単純な比較でもオースレンの十倍以上の規模はある大都市なのだという。
国中から集められる魔石などの迷宮産資源を大いに活用し、他の都市とはまったく比べるべくもない、豊かで高度な都市文明を築き上げているのだというレイザーの話であったが、その話がまったくの与太話ではないことが一目でわかった。
ショウゾウたちが王都ゼデルヘイムに到着したのは、もう日も暮れて、辺りが夜の闇に閉ざされ始める時間帯であったのだが、影を帯びた大地の只中にぼんやりと光を放つ広大な王都の姿がうかびあがっていたのである。
戦後の復興期に百万ドルの夜景と称されていた六甲山からの神戸の夜景を、学生時分に初めて見た感動に匹敵する夜景の美しさだった。
石造りの歴史ある古都の風情が、電灯とは違う幻想的な淡い光に照らされて、まるでこの世のものではない景観であった。
ショウゾウはそのあまりの美しさに、高台で荷馬車を止め、仲間と共にそれをしばし見入った。
「さすがのショウゾウさんも言葉が無いようだな」
レイザーがまるで自分のことであるかのように自慢げな顔で言った。
「ああ、驚いた。レイザー、あの光の大小ひとつひとつは上等な宿屋や迷宮内にあった≪照明石≫と同じものか?」
「ああ、そうだ。王都では灯りを取るのに油脂なんか使わないんだ。各家々に複数の≪照明石≫が普通にあって、通りもああして一晩中明るく照らされている。国中の諸侯や冒険者ギルドから献上される迷宮産の魔石がこの王都には集まり、≪照明石≫や様々な魔道具、さらに兵器の動力としてふんだんに利用されているんだ。あの中央にそびえる巨大な王城を見てみてくれ。この光輝く都にあって、もっとも眩いのはあの建物だ。こんな都市は、大陸中どこを探したって在りはしない。まさに最強国と恐れられているノルディアスの力の象徴とも呼べる景色なんだよ、これは」
確かにこの文明レベルが決して高くはないこの世界で、この国の領地にしかないというあの不思議な迷宮の存在は、各国のパワーバランスを大きく左右するものであることは間違いないであろう。
迷宮に出現する魔物がドロップする資源の数々は有用かつ無尽蔵であり、魔石のエネルギーや宝珠の持つ力は、元の世界でいうところの科学に匹敵するものだ。
やはり、この王都に足を運んでみて良かった。
大都市であるという話は耳にしてはいたが、実際に自分の目でこの光景を見ていなければ、危うく挑むべき相手の大きさを見誤るところであった。
王都ゼデルヘイムにみる富と資源の集中、そして独占。
王都から近いオースレンとの比較でさえ、これほどに都市の発展に差があるのだ。
おそらく地方に行くほどに、その差は大きいに違いない。
このノルディアス王国においては、封建制度のような統治方法を取っているようであるが、この支配都市の有様の差はすなわち王権と領主などの諸侯の力の差を表していると思われた。
絶大な王権とその権威にひれ伏す諸侯。
グリュミオール侯爵家などこの国全体で見れば末端の
この世界で何者にも左右されない権力を自分が握るためには、もっとノルディアス王家のことを知らなければならないし、そのためにこの王都ですべきことは多いとショウゾウは思った。
「綺麗……。王都には何度も来ているのに、夜に外から、こうしてゆっくりと眺めたのは初めてです」
「僕は三度目ですが、本当に綺麗ですよね。故郷のオースレンもいつかこうなる日がくるといいなあ」
素晴らしい眺めに無邪気に喜ぶエリエンとエリックを横目に、ショウゾウは密かに内心で決意し、そして己を鼓舞していた。
まだだ。
まだまだだ。
冒険者として生活が安定してきた程度で満足できるわけもない。
一度きりの人生。
これで満足ということは無いのだ。
権力の頂まで成り上がるという遊戯を、命尽きるまで儂は楽しみたい。
自分がどこまでできるのか、その限界に挑む楽しさを命が尽きる最後の一瞬まで味わい尽くしたいのだ。
この、ゼデルヘイムもいずれ必ず、儂のものにするぞ。
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