第94話 グリュミオールの闇

B級ダンジョン≪悪神の偽り≫の公営施設化は順調に進んでいるようだった。


試験的な攻略も終わり、地上一階の一般開放が為されたというルカからの報告を聞いたグリュミオール家の嫡男フスターフは幾分疲れたような顔をしていたが、久しぶりの吉報に俄かに表情を明るくした。


迷宮である以上、自己責任はともなうものの、C級以下の冒険者にも比較的安全にB級ダンジョンでの活動が可能だという触れ込みで、少しずつではあるが近隣から冒険者たちがオースレンにやって来るようになったようだ。

そして、これはショウゾウという老冒険者の発案であるらしいのだが、自信が無いという冒険者のために、料金さえ支払えば、上位冒険者の引率と指導が受けられるというサービスを始めたところ、これも大好評で予約が少し先まで一杯になってしまったらしい。


複合迷宮の外の管理事務所隣の土地にも続々と宿泊施設が増設され、やって来る冒険者相手の商売をしようと、商人たちも集まって来た。


今や複合迷宮の周辺は、ちょっとした宿場町のような様相を呈し始めてきており、活気づいているとルカからの説明がなされたのだった。



「ルカ、本当によくやってくれているな。このような家の危機にお前のような優れた弟がいてくれて、私も心強く思っているぞ」


ルカよりは少し背が低いがそれでも長身で均整な体つきをしたフスターフであるが、母親が同じであるルカとは十歳も歳が離れている。

それゆえにフスターフは幼少期よりルカをとても可愛がっており、競い合う兄弟という感じではなかった。

ルカにとっても、フスターフは尊敬できる兄であり、厳格で近寄りがたい父コルネリスよりもよほど親しく、頼りになる存在であった。


「いえ、これは、身体を張り、現地で指揮を取ってくれているマルセルや配下の者たちのおかげで、私は特に何もしておりません」


「そんなことはないだろう。このオースレンに残り、寝る間も惜しんで資材の調達や商工業者たちの段取り、そして帳簿を一手に引き受けていると他の者たちから聞いているぞ。定期的に自ら確認にも赴いているようであるし、お前の働きぶりは自ずと私の耳に飛び込んでくる。それに引きかえ、ギヨームは……。あいつがもう少し、しっかりとしてくれたなら、兄弟三人、力を合わせて、偉大だった父の穴を埋められそうな物なのだが、本当に困ったものだ」


「ギヨームの兄様は、あれからまだ引きこもられているのですか?」


「いや、最近は少し外を出歩くようになったらしいのだが、私には顔を見せていないな。傍仕えのものに聞いたところ、酒浸りになり、衛兵隊長の職責も放棄したままらしい。夜ごと悪夢にうなされ、大騒ぎするようになったと聞くし、しばらく様子を見るしかないだろう。本当はギヨームには、北地区の問題をどうにか治めてほしいのだが……」


「アラーニェとかいう貧民街の女元締めの件ですね?」


「そうだ。その女が現われてからというもの、貧民街の住民は団結を強め、我らグリュミオールの要求を撥ね退けるようになった。取り決めしていた一定の税の支払いも拒絶しているばかりか、我らの立ち入りすら、自警団を使って阻んでくる。北門の衛兵も追いやられて占拠されてしまったし、まるでこのオースレンの中にもう一つ別の街ができたようだ」


「兄上、もしよろしければ私が従騎士隊を率いて、何とかしてみましょうか?」


「いや、それはいい。お前は公営施設化の方に専心してくれ。衛兵隊の壊滅的な被害についてはお前も聞いているだろう。あの貧民街にはなにやらこの世のものとは思えぬ怪物のような男がいるというし、あそこの住民の団結は決して侮れぬものだ。口惜しいが、父上がお目覚めになられるまでは、逆に外から見張り、オースレンに良からぬことをせぬように監視を強めていくことしかできない。一戦交えることになれば被害も甚大であろうからな。それにこのような状況が騒ぎによって、領外に噂となって広がるのはまずい。ただでさえ、迷宮消失の件で、このオースレンは、王宮の方々の注目を集めているようなのだ。父上不在の状況で、領地を運営する当家の力に不信感を抱かれることは、好まざる介入を生じさせかねない」


「……わかりました。しかし、そのアラーニェという女は何者なのでしょう? 殺された顔役たちの縁者ということでもたしか無いのでしたよね?」


「そうだ。密偵の話では、北地区の住民ですらなかったらしい。若く、長い黒髪をした妖艶な美女ということしかわかっていない。例の怪物のような男を伴ってどこからか忽然と現れ、瞬く間に貧民街を仕切っていたいくつかの組織を全て乗っ取ってしまった。その組織は、殺された顔役たちのものであったのだが、怪しげな薬の売買、賭博、殺人などの違法請負、窃盗や強盗を裏で指示していたという噂もあったものだ。グリュミオールは、この北の街区が図らずも形成されてしまって以降、代々、それらの組織とやって来た。税という名目の上納金を受け取り、それらの悪事に目を背けてきたのだ。父の後継者に指名されてから知ったことだが、代々の当主の中には、彼らに政敵の暗殺など、仄暗い仕事をやらせていた者もいたらしい。まさしくこのオースレンを我らが統治する上で、非常に便利な存在でもあったというわけなんだ」


「我ら、グリュミオールの闇でもあるというわけですね」


ルカの言葉にフスターフは眉根を潜め、険を作った。


「貧民街であったというのは昔のこと。今も名目上はそうだが、貧しき北地区の住民たちを支配しているそれらの組織の力を軽々しくは扱えぬほどに育ててしまったのは我らグリュミオールなのだ。いずれ、その後始末はせねばならないが、それにはまず当家の力を立て直さねばならない。それが長いグリュミオールの歴史の中で、次期当主たる私に課せられた使命と思っているし、それにはお前の力が必要なのだ。ルカ、愛しい我が弟よ。期待しているぞ」


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