第93話 悩みの種
「エ、エリエンさん、そんなに気落ちすることないですよ。はじめて挑む迷宮がB級というのがもう異常なことなんです。普通はG級辺りからゆっくりと慣らしていって、段階を上げていく。僕だってそうしてきたし、それに、そのためのランク付けなんですよ!」
各エリアの試験的攻略が始まって五日目の夜。
地上一階の≪休息所≫に作られた宿泊施設の一室で、ショウゾウたちは食事を取りながらのミーティングらしきものを行っていたのだが、一向に食が進まず、発言も少ないエリエンを心配して、エリックが励ましの声をかけようとしたのだ。
年齢こそ上だが、冒険者としては後輩のエリエンがパーティに加入して、エリックなりに気にかけていたのかもしれない。
ショウゾウは食事に集中するそぶりで、二人のやり取りを窺っていた。
ショウゾウもまた、エリエンの様子がおかしいことには気がついており、その上で知らぬ顔を決め込んでいたのだ。
ショウゾウは正直、悩んでいた。
レイザーたちには、孫のようなものだと言ったがその
というのもショウゾウ自身、孫というものに愛情を抱いたことは無い。
疎遠であったし、金を無心にくる息子たちのそのまた子供たちであるという存在に過ぎなかった。
愛情を抱けなかったのは孫だけではない。
妻とは見合いで、しかも政略結婚であった。
典型的な箱入り娘であり、世間知らずで、わがまま。
嫉妬深く、常にヒステリを起こす女であった。
三人の子は
それは男の義務であり、歴史だけはある古い不破の家を不幸にも継ぐことになった三男坊の、その家に対するけじめに過ぎなかった。
エリエンは、恩人から託された娘であり、それ以上でも以下でもない。
好ましくは思っているし、なんとか面倒を見てやりたいと思っているが、本人は亡き父と同じ、危険な冒険者の道を歩もうとしている。
もし仮に仲間に加えなくても、その意志は固く、どの道冒険者になってしまうのであれば、目の届くところに置いた方が幾分か、安心しているにいいと思ったのだが、それは間違いであったかもしれぬとショウゾウは思い始めていた。
だが、これから先、自分が為そうとしていることで、このオースレンを拠点にする冒険者……、いやこの国中の冒険者が危険な目に遭うことは目に見えており、それを分かった上で、エリエンを突き放すことはできなかったのだ。
「……エリックさん、心配かけてすいません。態度には出さないようしていたつもりでしたが、やっぱり私、おかしかったですよね?」
「いや、僕、そ、そんなつもりじゃ」
悲し気な表情をしたエリエンに、エリックはしどろもどろになり、慌てて否定しようとする。
「エリエン、無理をせんでもいいぞ。エリックが言うとおり、今日は少し落ち込んでいるように見えたな。緊張の連続で疲労も溜まっているのかもしれんし、明日は休んでも構わんぞ」
「いえ、少しでもはやく皆さんに追いつきたいのです。どうかご一緒させてください」
エリエンの覚悟は相当のもののようで、強い意志が宿る両の瞳でショウゾウの目をまっすぐ見返し、深く頭を下げた。
食事も終わり、温かい飲み物を取りながらの雑談になると、いつしか話題はショウゾウのことに偏り始めた。
それは、少し元気を取り戻し始めたかに見えるエリエンが色々と質問攻めにしてきたせいでもあるのだが、他の二人も、このまったく謎めいた老人について興味がないわけではなかったからだ。
過去の記憶を失っており、生活のために高齢ながら冒険者になった。
秘密の一端を開示しているレイザーにですら、他の二人同様に、それ以外の情報の一切を伝えていない。
そのせいか、三人の目にはショウゾウが余計に超人的な存在に映っているようであったのだ。
まったく素人だった高齢者がいかにして今の冒険者としての実力を身に着けたのか、エリエンとエリックはそのことに特に興味を示していた。
「そんなに、あれこれ聞かれても、返答に困るな。儂とても生きていくためにただ必死で、自分なりに創意工夫してきただけのこと。皆がどう思っておるかわからんが、余裕などないし、何度も死にそうな目に遭っておる。なあ、レイザー?」
突然話題を振られたレイザーは疲労回復に効くとエリエンが淹れてくれた薬草茶で思わず咽てしまった。
さすがに過去にショウゾウを殺そうとしたことがあるとはいえず、動揺したようだ。
「……まあ、確かに俺と出会ったばかりの頃のショウゾウさんは、正直、今ほど頼りになる感じではなかった。魔法も一つしか使えなかったし、そして何より腕っぷしだって、前衛でエリックと並んで立てるような感じじゃなかった。歳をとる度に衰えが身に染みるこの俺とは対照的に、会うたびに若々しくなっていくみたいだ。ぜひ、この機会にその秘訣をご教授いただきたいところだね」
「ふむ、若々しくいられる秘訣か。それならおぬしたちにも教えられるな。いいか、若々しくいられる秘訣は、欲望、願望、あるいは理想といった生きるエネルギーとなり得るものを、何でもいいから、常に己の中から掘り起こし続けることだ。もし、自分の中にそういったものの全てが見い出せず、何も無くなってしまったのならば、それは生きながら死んでいるのと同じ。魂の老いだ。次第に無気力になり、自暴自棄になる。その魂の老化に逆にそういったものがあり続け、その思いが強ければ強いほど人は若々しくいられるというわけだ」
「精神論的にはご尤もだが、それだけでショウゾウさんみたいになれるなら、世話ないぜ。食い物とか、鍛錬法とか、もっと具体的なものはないのか?」
「それは、私も知りたいです。ショウゾウさんが魔法を使っているところを見て、不思議に思ったことがあるのです。なんというか、同じ魔法であってもその効果が私や他の魔法使いのそれと大きく違っているようで……。それに、剣を扱いながら魔法を発動させるなど、どうすればそのようなことができるのか。知りたいことは山ほどあります」
「僕もショウゾウさんがどういう鍛錬してるのか興味あります。そのお歳で、僕より機敏に動けるなんて、もう奇跡としか思えないです!」
やれやれ、何と答えれば良いものか。
詰め寄って来る三人の顔を眺め、ショウゾウは苦笑いした。
「はは、向上心旺盛なのはけっこうなことだ。だがな、何事も一朝一夕にはいかん。おぬしらにはどう見えておるのかわからんが、これでも見えないところでそれなりに努力しておるのだ。冒険に出ていない時は、毎日、筋肉の鍛錬をしておるし、魔法の知識に関する勉強や様々な試行錯誤を行っておる。こんな年寄りになってもな、十分に栄養を取って、しっかりと鍛えれば少しずつではあるが筋肉がつくんじゃ。宿の壁に寄りかかって逆立ちしてな、その状態で腕立てを五百は最低やる。その他にも……」
「おいおい、ショウゾウさん。あんたの歳で、その逆立ちをするのがまず無理なんだ!」
レイザーのツッコミで場が和み、あとはその雰囲気を利用して、ショウゾウは適当に話題を別の方向に持っていった。
闇の魔法について明かすわけにはいかないし、よもや今の自分の素の肉体がスキル≪オールドマン≫の吸精によって五十の境目まで若返っていることなども教えるわけにはいかない。
その秘密のすべてを知られることは、この、割と居心地がいい者たちとの関係性の崩壊と終焉を意味するであろうし、できればその日が永遠に来ないことをショウゾウは願わずにはいられなかった。
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