第92話 驚きと挫折と
B級ダンジョン≪悪神の偽り≫の地上一階を八つに区切った各エリアの試行のための攻略が始まると、エリエンは次第に己の考えの甘さを思い知らされることになった。
冒険者稼業というものが如何なるものか、世間並みには知っていたし、ショウゾウたちからも詳しく聞いて、把握したつもりになっていた。
自らも魔法使いとしてそれなりの実力を備えているという自負はあったし、冒険者をしていた亡き父の血が己の身にも流れているのだという心の拠り所もあって、やれるはずだと思っていたのだが、それはまるで違っていた。
年季がかったベテランのレイザーはおろか、新人だという若いエリックにさえ、自分はまったく及ばない。
ましてや、同じ魔法使いであるショウゾウに至っては、我が目を疑うほどの実力を発揮していて、その上でパーティの司令塔的役割さえも担っているのだ。
こうした姿は、エリエンが知る普段のショウゾウとはまるで違っていて、その差異にただただ驚く他は無かった。
愛想がよく、穏やかで、知的ではあるが謙虚な好々爺。
これがエリエンの中にあるショウゾウのイメージであったのだ。
もちろん、ヨールガンドゥでの数日を共にして、とても頼れる存在だとは思っていたが、まさかこれほどまでに普段と異なった様子とは想像だにしていなかった。
冒険者としてのショウゾウはまるで別人のようだったのだ。
「エリエン! 呆けておる場合ではないぞ。敵との距離をしっかり保て!」
ショウゾウに注意され、エリエンは慌てて指示に従う。
エリア3の道幅が広い通路上で五体の魔物と遭遇し、後退する前衛に気がつかず、その距離がだいぶ近くなってしまっていた。
エリエンは弓にも少し心得があったが、それは味方を避けて敵に命中させられるほどの腕ではなく、魔法を使うべきかどうするか判断しかねていた。
そのショウゾウはというと、信じられないことに、前衛のエリックの傍らで、右手に持つ小剣を振るい、近接戦闘を行いながら、左手の白い杖で魔法発動のための準備をしているようだった。
不気味な悪魔を模した杖頭の赤い宝石の目が光り、杖全体に≪
魔法を使うにはとてつもない集中力と発現させた魔法をコントロールする複雑なイメージを思い浮かべる必要があるのだが、あれほどの激しい動きをしながら、それを可能にするのだろうか。
魔物の種類は、
前から人間の女性が近づいてくると思わせ、手に持った曲刀などで襲い掛かって来るのだ。
その武器の扱う技量は人間の戦士に劣らず、力も華奢な見た目に反して、強いらしい。
「エリック、お前も下がれ。全員、衝撃が行くぞ、備えろ!」
ショウゾウの指示で、大盾と長剣で二体をけん制していたが下がりつつ、膝をつき、姿勢を低くする。
レイザーはエリエンに駆け寄り、ショウゾウから背を向けるように促しつつ、少しでもその場から後退させようとしてきた。
「≪
次の瞬間、さらに数歩前に駆け出したショウゾウの体から突風が噴き上がり、さらにその周囲をすさまじい勢いで回り始めた。
その風の勢いは全身金属鎧の重さも加えたエリックをもってしても抗うことができず、吹き飛ばされ尻餅をついてしまい、エリエンたちも地に伏せてやり過ごす他は無かった。
さらに至近距離にいた
それは、エリエンの知る≪
風の膜を周囲に張り巡らせ、矢の軌道を逸らす程度の効果であるはずが、これではまるで、竜巻などの荒れ狂う暴風の只中に身を置いているようではないか。
しかも詠唱破棄。
≪
一体、どれほどの魔力量を有しているのだろう。
そして、その驚きを落ち着かせる間もなく、その異様に強力な≪
「火よ。集い、爆ぜる矢玉となりて彼の敵を撃て。
ほんの一瞬、そのままでいたかと思うと、すぐに立ち上がり別の一体に向けて杖先を向ける。
自分も何かしなくては、エリエンはそう思い、杖を捨てると、背の弓を手に取り、矢をつがえた。
しかし、その時にはすでに体勢を立て直したレイザーとエリックがもう自らの標的に向かっており、残る一匹にもショウゾウが駆け出し、出る幕は無かった。
また、何もできなかった。
エリア1、エリア2の試行攻略を経て、少しずつ迷宮内の雰囲気にも慣れてきたところではあったが、ここに来るまでに、数回、傷の手当てを命魔法でしたくらいで、まるで役に立てていなかった。
冒険者たちの判断の速さとその行動力に驚かされつつも、自分の無力さに打ちひしがれていた。
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