第80話 ヨールガンドゥ

二日後の朝、ショウゾウとエリエンはオースレンを出た。

街道をひたすら西へ西へと進み、そこから見えるという林道を抜けてヨールガンドゥを目指す。


ヨゼフの遺体は荷車カートに乗せ、驢馬ろばに牽かせることにした。


「魔法院の件、本当に良かったのですかな?」


ショウゾウは驢馬の手綱を引いて歩くエリエンに話しかけた。


まるで葬列のような重苦しい雰囲気と沈黙に耐えかねた形であったのだが、昨夜のエリエンの決断をとても意外なものだと考えていたのだ。


「はい、私一人ではとても生徒たちを受け持つことなどできませんし、ヨゼフほどの魔法の知識もありません。生徒たちはより優れた師の下で学ぶべきだと考えました」


「ふむ。しかし、ヨゼフ殿が亡くなって日も浅い。もう少し考える時間を持っても良かったのでは?」


ヨゼフは生前、あの魔法院が無くなればエリエンの居場所がなくなってしまうと心配していた。

ショウゾウもまた、世間慣れしてないように見えるエリエンには魔法院での穏やかな生活が似合っていると思っていたし、そうしてほしかったような気もする。


エリエンは昨日、生徒たちを集め、その話をした後、魔法院の看板を外した。


「……そうですね。本当はショウゾウさんの言うとおりだと、私も思います。でも、もう決めたんです。おそらく考えれば考えるほど、私はあの魔法院から離れられなくなってしまう。だから、もう終わりにすることにしたんです」


言葉から強い決意が滲んでいる。


「迷宮消失の影響で、街の人々の暮らしにも大きな影響が出ているらしいですし、そうなれば生徒たちの家族も生計を立てられる土地を求めて、いずれこのオースレンを離れなければならなくなるでしょう。早計に思われるかもしれませんが、これでも私なりに色々と考えてみたんですよ」


確かに、複合迷宮の四つあったダンジョンの内の三つが無くなってしまったオースレン経済の未来は、これまで同様に迷宮に依存しているようでは暗い。


「わかりました。自ら決めたことであれば、この年寄りはもう口出しいたしますまい。魔法院のことはそれでいいとして、エリエンさんはこれからどうなさるおつもりか」


「それは、まだ決めかねています。ヨゼフの喪に服しながら、ショウゾウさんの言うとおり、じっくり考えてみたいと思います」


「それがよろしいでしょう。もし、この儂にも何かできることがあれば協力いたしますぞ」


「はい、頼りにしています。ショウゾウさん」


エリエンはようやく控えめながら笑みを見せてくれた。




日が傾きかけた頃、エリエンが言っていた林に辿り着いた。


よくよく辺りを見渡してみると、どうやらここはショウゾウが初めてこのイルヴァースに連れてこられた際に、出現した場所の近くのようで、向こうに見える赤茶けた岩などは、なんとなく見覚えがあった。


野盗に襲われたのもこの辺りだったと思う。


二人は街道から逸れて、ほとんど獣道といっても過言ではない荒れ果てた林の古道に足を踏み入れた。

ここから先は荷車は使えないので、袋に入れたヨゼフの遺体を驢馬の背に乗せ、縦一列になって進む。


やがて樹齢数百年はあろうかという巨木の下、他の草木が生えぬ不思議な場所でショウゾウたちは野営の準備をし、その夜を明かすことにした。


聞けばエリエンは幼少期より何度かこの場所をヨゼフに連れられ訪れていたらしい。

この巨木には森の精霊が宿っており、魔物を遠ざけてくれるとヨゼフが生前語っていたようだった。


街道には野盗が出没するので、そこで野営するよりも林の中の方が安全ということだったが、魔物の大量発生の件もある。

ショウゾウは警戒心を解かずに夜を明かしたが、この巨木の力だろうか。

魔物の姿はおろか、気配さえ感じなかった。



翌朝、交代で休んでいたエリエンを起こし、焚き火の始末をすると、さらに奥を目指した。


エリエンにはわかるらしい目印を頼りに、鬱蒼とした木々の間を数時間ほど進むと突然、広く、ひらけた場所に出た。


「ここが、ヨールガンドゥ……」


そこはまさに人の手が加わった文明の名残がある場所だった。


風化した石壁。崩れた家屋の瓦礫。砂で覆われ、ところどころ顔を覗かせる敷石。


そこは紛れもなく滅び去った都市の遺跡のような場所であり、オースレンほどではないにせよ、かつてはそれなりの人口であったことが伺える。


エリエンの案内で、その都市のはずれの方に移動するとそこには風化した沢山の石に囲まれた、二つの比較的新しい墓石のようなものがあった。


「ショウゾウさん、ここには私の両親が眠っているの」


「ふむ、そうでしたか。せっかくならば、花でも用意してくるのでしたな」


「花を?」


「はい、儂が生まれ育った国ではそういう習わしがありましてな。香なども供えたりするのです」


「そうなのですね。素敵なことだと思います。次に来るときは私も……」


そう言いかけたエリエンの美しい顔が強張り、そしてショウゾウの背後のはるか先の方を指差した。


何事かと、ショウゾウも慌てて振り返って見ると、そこには人間の等身大の石像があり、それがゆっくりと台座から降りた。


動く石像。


それは、D級ダンジョン≪悪神の問い≫で倒したボスモンスター≪石の獣人ストーン・ビースト≫のように異形ではなかった。


筋骨たくましい青年の裸像で、風化もしておらず、かなり新しい物のように見える。


青年の石像はゆっくりとした動きでこちらを向き、そして一歩、また一歩と近づいてくる。


「以前来た時は、あんな石像はありませんでした。あれはいったい……」


エリエンが怯えた表情で、青い石が嵌めこまれた杖を構える。


ショウゾウも≪石魔せきまの杖≫を取り出し、改めて周囲を確認してみると、この見渡す景色の中にいくつか同様のものがあることが確認できる。

それらは動き出してこそいないものの、周囲の風化具合と比べると明らかに年代が異なっていた。

風景に溶け込んでこそいたものの、あらためてよく見てみると違和感があり、なぜ気が付かなかったのか、おのれの迂闊さをショウゾウは内心で責めた。


ショウゾウは、エリエンを庇う様に前に出て、右手に小剣、左手に杖を構えた。


「動いている以上、魔物やそれに類するものであるのは間違いなかろう。エリエンさん、油断してはならんぞ」


ショウゾウは体内の≪闇の魔力マナ≫を意識し、詠唱を開始した。


「悪ふざけが過ぎた。敵意は無い。杖を仕舞ってくれ」


今度は再び右斜め後方の死角から声が聞こえた。


ショウゾウは逆毛立つ思いがして、瞬時に飛び退くと同時に身を翻し、小剣でその声が発せられた辺りを袈裟で斬りつけた。







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