第81話 邂逅とヨールガンドゥの娘

振り返りざまに、小剣を振るうショウゾウが目にしたのは、素手の人間が小剣の刃を手で掴むという、通常であれば、おおよそ信じられない光景だった。


小剣の刃がその右手に触れた瞬間、金属同士を打ち付けたような甲高い不快な音がした。


「敵意が無い者が、背後を取るのか?」


ショウゾウは、表情一つ変えずに、人間離れした芸当を見せた相手に尋ねた。


人間離れ?

それは当然だろう。

恐らく相手は普通の人間などではないのだから。


ショウゾウは目の前の人物が、D級ダンジョン≪悪神の問い≫で消えた幽霊のようだったあの人影と同一の存在であることを一目で確信した。


その身に纏った漆黒の衣に、独特の妖しい気配。

あの時はフードを目深にかぶっていたほかに、黒い靄のようなものに全身覆われていたため、顔はしっかりと見てないが、声が紛れもなく石の獣人ストーン・ビーストのそれと完全に同じだった。


小剣の刃を掴んでいる右手だけが、黒光りした金属に変わっていて、その他の部分は一見すると普通の人間のように見える。


年の頃は三十代半ばぐらいの見た目で、僧のように頭を丸め、知性ある顔立ちをしていた。

背が高い分、細身に見えるが、小剣から伝わって来る感触からすると相当に鍛えられた肉体の印象であった。


「少し試させて貰った。気を悪くしたのなら謝罪しよう。それで汝ら、このような寂しい場所に何をしに来た?」


男はショウゾウの目を見た後、傍らのエリエンに視線を移し、小剣の刃から手を放した。


エリエンの存在を気にかけていることを伝える意図なのだろう。

ショウゾウの正体を明かさぬように、言葉を選んでいるようにも思われた。


「それはこちらの台詞だが、それを知りたければまずは名を名乗ってもらおう。お前は何者だ。ここで何をしている?」


ショウゾウは、エリエンを庇う様に立ちながら、小剣の切っ先は男に向けたままだ。

よく見ると小剣の刃は握られた場所がすっかり欠けていた。


「名か……。我はシメオン。この地に宿る怨念と浮かばれぬ魂のために祈る者。鎮魂のための石像を作り、日々を暮らしている。さあ、次はそちらの番だ。遺跡荒らしや野党の類ではないことは一目見ればわかるが……」


「儂はショウゾウ。こちらはエリエン。この娘の親族の亡骸を、ここに埋葬に来ただけだ。用が済めば帰る」


「なるほど、確かにヨールガンドゥの血を色濃く受け継ぐ娘のようだな」


「わかるのですか?」


エリエンが驚いたような声を上げた。


「わかるとも。その深緑の瞳と身の内に宿る魔力マナが教えてくれる。同じ魔法を扱う者であっても、オルディンに寝返った六つの氏族とヨールガンドゥの民は、その特徴がまったく異なるのだ」


「……そのような話は聞いたことがありません」


「信じるも信じないもそれは汝の自由。もし、興味があるのであれば、この地を案内しながら、少し昔話をしても良いが、そちらのご老人は……どうやら迷惑そうだな。これからその骸を埋葬するところであるようだし、邪魔者は去ることにしよう。我はこの地の中心にある、あの巨石の近くに庵を構えている。用があれば、そこを訪れるがいい」


シメオンは瓦礫の向こうに見える大岩を指差すと、背を向けその方向に向かって去っていった。




思わぬ場所で、消えた迷宮の守護者と再び会うことになったが、エリエンを巻き込まずに済んで、ショウゾウは正直、ほっと胸をなでおろした。


シメオンが去った後もしばらく気が昂ったままであったのだが、それを顔には出さずに、ヨゼフの埋葬を二人で黙々と行った。


土石変化ストゥーラ≫を使えば、あっという間だったのだが、エリエンに付き合って、鋤を使って、固い地面を掘り起こしたので、かなり時間がかかってしまった。


ヨゼフを埋めた場所に置いた手頃な大きさの石をショウゾウが無言で手を合わせ、拝んでいると、それを真似してエリエンも横でそれに倣った。



本当はすぐにでもこの場所を離れたかったのだが、日暮れが近かったので、やむなくヨゼフの墓の前で野営をすることになった。


焚き火を囲み、簡素な夕食を二人で食べながら、見張りをする順番などを話し合っていると、すぐに辺りは暗くなった。


その日は雲一つない空で、すぐにでも降ってきそうなほど大きく見える三日月と無数の星々が美しい夜だった。


ショウゾウが沸かした湯の残りで食器などをゆすいでいると、エリエンが突然静かになったことに気が付く。


見るとエリエンは自らの荷物から何かを取り出そうとして、途中で気を失ってしまったようだった。

そのまま荷物に覆いかぶさるような姿勢で、ピクリとも動かない。


「エリエンさん!どうしたんじゃ? 大丈夫か」


揺すってみるが意識が戻る気配はない。

すやすやと寝息をたてているので、大事はなさそうだが、この眠りの深さはただ疲れて寝ているのとはわけが違うように思えた。


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