第79話 エリエンの願い
先ほどまで苦痛に喘いでいたとは思えぬほどに、ヨゼフの死に顔は安らかだった。
スキル≪オールドマン≫で生命を奪われるとき、人は皆、恍惚とした表情になるが、ヨゼフもまた、苦しまずに旅立ってくれたのなら、それは喜ばしいことだ。
ショウゾウはふと自分の目の端が濡れていることに気が付き、少し戸惑ったが、それを無造作に拭うと授業中のエリエンのもとに向かった。
ヨゼフの死を告げると、エリエンはその場でしばらく固まってしまい、呼吸困難を引き起こしそうになったが、倒れそうになった彼女をショウゾウが駆け寄り支えた。
エリエンが落ち着くのを待ち、病室代わりに使っていたヨゼフの私室に連れて行く。
「……おじいちゃん。……おじいちゃん」
エリエンは、ヨゼフの亡骸にすがりつき、しばしの間、人の目も気にせずに、まるで子供のように泣き続けた。
ショウゾウはその震える背中をしばらく、ただ黙って見守り、自身もヨゼフの冥福を祈った。
どうにも調子がおかしい。
今まで多くのものの命を奪ってきたが、このような感傷を感じたことなど一度も無かったように思う。
「……すいませんでした。もう大丈夫です」
「いや、無理は為されぬ方がよいでしょう。生徒たちも帰ったようですし、少し休まれるがよろしかろう。儂も、今日はもう帰るといたしましょう」
「……ショウゾウさん、もしよろしければ、もう少しお付き合い願えませんでしょうか」
「はて、何か?」
「はい、ショウゾウさんに少し聞いてほしい話があるのです。それと、お願いも……」
「暇な年寄りゆえ、時間ならいくらでもありますが、しかし、なぜ、儂に?」
「ショウゾウさん、ヨゼフのために泣いてくださったのでしょう。お顔に血を拭った跡が……。ちょっと、ごめんなさい」
エリエンがハンカチを取り出し、ショウゾウの右目の辺りをやさしく拭いてくれた。
どうやら、先程、涙をぬぐった際に、手にヨゼフが吐いた血が少しついていたようだった。
いつもの自分らしからぬ迂闊さに、心の中で舌打ちする。
ヨゼフの遺体を綺麗にしてやり、部屋を片付けた後、ショウゾウはエリエンの話を聞いてやることにした。
「それで、儂に話というのは?」
「はい、実は……、ショウゾウさんに相談がお願いがあるのです。ショウゾウさんは、冒険者をなさってますよね。私の依頼を、受けてはいただけないでしょうか」
いつも控えめな印象があるエリエンであったが、そのエメラルドのような美しい瞳に何か強い意志のようなものを宿らせて、まっすぐショウゾウの目を見つめている。
「依頼……ですか?」
「はい。ヨゼフの
「ヨールガンドゥ……。はて、聞き馴染みのない地名ですがそれは徒歩で行ける場所にあるのですかな?」
ショウゾウは、このオースレンのことをより深く知ろうと、最近、≪魔導の書≫を使って、周辺の地理や地形などを勉強を始めたところであったのだが、ヨールガンドゥなどという場所は記憶になかった。
「はい、徒歩なら一日がかり、馬を使えば半日ほどだったと思います。このオースレンから街道を西に向かい、そこから林を抜けた先にヨールガンドゥはあります。忌み地と人々に恐れられているため誰も近付くことのない寂しい場所ですが、そこにヨゼフを埋葬してあげたいのです」
「わかりませんな。なぜ、そのような寂しい場所などに」
「……そこは私たちの遠い父祖たちが眠る地。悪神の手先の末裔だと迫害され、そしていつしか忘れられたヨールガンドゥの民の故郷があった場所なのです」
エリエンによれば、有史以前、ヨールガンドゥは魔法を扱う者の総本山とでもいうべき場所であったのだという。
この大陸を支配していた巨人神ヨートゥンの息子であり、今はその名すら歴史から抹消された魔導神という神を崇め、彼の神から授かったその強力な魔法の力で、比類なき栄華を誇る都市を築いていたのだが、今はその廃墟が残るばかりとなっているらしい。
「ヨールガンドゥがなぜ滅びたのか、祖先たちに一体どのようなことが起こったのかなどは、ヨゼフは生前、頑なに語ろうとはしませんでしたが、ヨールガンドゥの誇りを忘れるなと常々、口にしておりました。そして、自分が死んだらその地に亡骸を埋葬してほしいと……。ヨゼフは、若くして亡くなった父の叔父にあたる人で、身寄りのない私を娘のように大事に育ててくださいました。私としてはなんとかその願いを叶えて、頂いたたくさんの愛情と恩に少しでも報いたいのです」
「ふむ、事情はわかりました。儂も、魔法の手ほどきを受けた恩もあることだし、お手伝いいたしましょう」
エリエンには明かせないが、ヨールガンドゥに
オースレンの複合迷宮は、B級ダンジョン≪悪神の偽り≫を残して、消失させてしまったことであるし、当面は、特に予定もない。
レイザーとエリックもまだしばらくは戻ってこないはずなので、二人の帰りを待つ時間つぶしとしてもちょうど良さそうだ。
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