第78話 引き水の賢人
「具合はどうですかな?」
ショウゾウは寝台のすぐそばに小さな木の椅子を移動させると、そこに腰を掛けた。
寝台に横たわっているのは魔法院の院長である≪引き水の賢人≫ヨゼフだった。
ヨゼフは、ショウゾウが二つの迷宮の単独攻略のため、街を留守にしている間に、体調を崩し、そのまま寝込んでしまっていたらしい。
受付に誰もおらず、不審に思ったショウゾウは、エリエンを探して事情を聴いたが、彼女はヨゼフの代わりに生徒たちの指導などの仕事を一手に行っているそうで、ショウゾウに事情を説明すると、忙しそうにすぐに授業に戻っていってしまった。
ヨゼフはすっかりやつれてしまっていて、顔色もあまり良くなかった。
「これは、お恥ずかしいところを……」
ヨゼフは掠れた小さい声で言った。
「よもや、このような状況とは知らず。邪魔をしましたわい。また来ますゆえ、しっかりと養生してくだされ」
思ったよりも病状が悪そうだったので、ショウゾウは席を立とうとしたが、「しばし……」とヨゼフはショウゾウを引き留めた。
「実は臓腑に病魔を飼っておりましてな。痛み止めの薬湯を飲んで誤魔化しておりましたが、それももう効かぬ様子。日増しに痛みが増し、もはや明日をも知れぬ命……」
「何を弱気なことを」
「私も魔法使いの端くれ、おのれの命運ぐらいはわかるつもりです。もう、私は長くない。何よりこの疼く様なひどい痛みと苦しさですっかり参ってしまっておりましてな。はやく楽になりたいと毎日祈っておるのです」
「何か、治療の術は無いのですかな? 命魔法に病を治すものがあるとお借りした書物に書いておりましたが」
「ふふ、命魔法とて万能ではない。生命力を活性化させ、病の元となるものを自己治癒させたりはできるが、このような老体ではもはやそれも叶わぬ。何より私の病は私の身の一部が魔と化している様でしてな。生命力を活性化させると、病魔もまた力を増すようなのです」
説明を聞く限り、
儂も末期の癌を患ったことがあるからわかるが、その痛みと苦しみは生きる希望を奪ってしまう。
ヨゼフの声は小さく、耳を近付けなければ時折、聞き取れなくなってきている。
「そのようなことを言わんでくだされ。まだまだ、ヨゼフ殿には教わらねばならんことが多くあるのです」
「いや、ショウゾウさん。あなたは私などいなくても一人で学んでゆける。あなたは聡明で、しかも向上心に溢れている。もし、もっと若かりし頃に魔法を学ぶことができていたなら、きっと一流の魔法使いにもなれたことでしょう。この≪引き水の賢人≫ヨゼフが太鼓判を押しましょう。あなたは選ばれた英才だ」
そう笑みを浮かべたヨゼフだったが、突然顔をしかめ、苦しみだす。
せき込み、血を吐いた。
「エリエンさんを呼んできます」
「待ってくだされ。エリエンを呼ぶ前にどうしても話しておきたいことが……」
ヨゼフがショウゾウの手を取り、涙をこぼした。
「このようなことを頼めた義理ではないが、あれはとてもかわいそうな娘なのです。この魔法院が無くなればきっと居場所を失い、生きる望みを失ってしまうかもしれません。どうか……、私亡きあと、あのエリエンが生きていけるように……手助けを……してやってはくれないでしょうか。あれのことだけが……心残り……」
感情が高ぶったせいだろうか、またせき込み、一層苦しそうな顔になった。
エリエンが抱えている事情が何なのか聞き出そうとしたが、もはや話す余力はなさそうだった。
何より痛みがすごいらしく、激しく悶え、じっと横になっていることもできなそうだった。
ショウゾウは苦しむヨゼフの顔に、つい、かつての自分を重ねてしまった。
「……苦しい……、つらい……」
皺くちゃの顔をゆがめて、ヨゼフが哀願するような声を出した。
ショウゾウは自分が珍しく葛藤していることに気が付いた。
苦しむヨゼフをスキル≪オールドマン≫で楽にしてやるべきか、それともエリエンを急いで呼び、一日でも長く延命できるように自分も協力するかを。
儂は何を迷っているのだ。
普通に考えてみれば、楽にしてやったほうが良いではないか。
かつての己もそうだったが、このような状況で生かされ続けたとて、終わりはいつか必ずやって来る。
儂は自ら幕引きしたが、この様子ではただ苦しむ時間が増えるばかりだろう。
苦しむヨゼフの手を強く握り、ショウゾウは目を閉じた。
このヨゼフとは最近知り合ったばかりであり、それほど互いを知り合った仲というわけでもない。
たが、魔法に関して無知であった儂に多くのものを与えてくれた人物ではあった。
そのヨゼフに対して最後に儂がしてやれること……。
ショウゾウは意を決して、スキル≪オールドマン≫をヨゼフに使った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます