第76話 死人のように

オースレンの街に戻って来たショウゾウと入れ違いとなり、迷宮に向かう羽目になったのは、グリュミオール家の三男にして、領主の息子でもあるルカだった。


ルカは従騎士隊の主だった者のほか、多くの兵士と共に、迷宮の異変を調査しに行くことになった。

今回の調査隊は、事の重大さから領主コルネリス自らが率いており、ルカはその同行者の一人にすぎない。


コルネリスは元より、この調査隊の者たちの顔は一様に暗く、厳しい。


前回の迷宮消失でさえ深刻な損害が発生したというのに、もし万が一、他の迷宮まで同じような状況になってしまったなら、オースレンの領地運営が困難になってしまう。


今回の調査は前回のように原因不明で終わらせるわけにはいかない。

そういう意気込みと覚悟がひしひしと伝わって来る。


だがそうした一行の様子とは異なり、普段と変わらぬ様子であったのがルカと元冒険者の≪赤の烈風≫マルセルだった。


領主の背がようやく見えるぐらいの最後方で、馬を並べている。


「領主様自らおでましになるとは相当な気合の入れようですね、ルカ様」


「仕方がないだろう。グリュミオールにとって、この複合迷宮はまさに生命線。富の源泉なのだから……」


「その割には、ルカ様は普段とお変わりないように見えますが……」


「そんなことは無いよ。私とて、グリュミオール家の一員。胸を痛めているし、落胆している。私が前回の迷宮消失の際に何か掴めていれば、今回の異変も防げていたかもしれないし、我が身の力の無さを呪うよ」


「それでやはり、迷宮は消失してしまうのでしょうか?」


「多分ね。第一発見者は、≪安全なる周回者≫という冒険者集団パーティだ。F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫を中心に≪迷宮漁り≫をして生計を立てていた者たちの場に居合わせなくて済んだようだ。迷宮前に散乱する冒険者たちの亡骸と魔物の死骸、あとはそれに群がる鳥を見て、異変に気が付いたらしい。その後、≪悪神のたわむれ≫に足を踏み入れたところ、迷宮内にはモンスターの姿が無く、この間の事件と同様ではないかと思い当たったらしい」


「なるほど、まさに冒険者の人生は、紙一重。その連中はついてましたね」


「そうだね。冒険者だけではない。人の一生はきっとそのようなものなのだろう。どこの土地に生まれ、如何なる身分に生まれたか。それ以外にも日々の営みの中にだって、≪死≫は転がっている。あの老いた冒険者ショウゾウを思い浮かべてごらん。きっと、とてつもない幸運の星の下に生まれてきたに違いない。あの年齢まで生きるのだって至難のことなのに、冒険者として今も普通に活動できている……」


「……ルカ様は、まだあのショウゾウのことを疑っているんですか」


「そうだね。私はもともと疑り深いんだ。正直に言うと、今回の第一発見者もショウゾウであったらよかったのにと本気で思っているよ。そうしたなら、身柄を拘束して、尋問にかけようと思っていた。だが、ギルド長のハルスに一応確認してみたところ、ショウゾウはデンヌの森にあるジグの採石場で別の依頼を受注中のようだ。まあ、冒険者証の記録は念のため確認しなければならないだろうが……、たぶん何も出ないだろうね。そんなに単純な話なら、もうとっくに原因を突き止めることができているはずだよ」



前方の方がにわかに慌ただしくなった。


「迷宮が消えている!≪悪神のたわむれ≫と≪悪神のいざない≫の入り口がどこにもないぞ」


最前列から聞こえてきた声に、皆、足早になる。


少し以前とは異なる、不気味な雰囲気を感じるようになったデンヌの森の静けさが、一同の慌てふためく声で、にわかに騒がしくなる。

魔物の目撃例も増えて、実際に森に出かけた人が戻ってこないなどの被害を訴え出る声も出ている。


ルカたちも馬を急がせ、複合迷宮のある方に近寄っていくと、領主コルネリスが馬を降り、かつて入り口が存在していたあたりを呆然とした様子で、ぺたぺたと両の掌で触れて確かめていた。


「なんということだ。先祖伝来の迷宮が……。儂の代で……」


確かに、前回の調査時にはあった二つの迷宮が忽然と姿を消し、剥き出しの岩肌のように変化していた。


「……驚いたね。まさかふたつ同時にとは、これは私も想像だにしていなかったよ」


ルカは剥き出しの何もない壁に耳を当て、手に持った短剣の柄でゴンゴンと強く叩いてみる。


どうやら≪悪神の問い≫と同じで、入り口を塞がれたというような単純な話ではなさそうだ。

奥に空洞などなさそうだし、そもそもが埋め立てた形跡もない。


この場所は最初からただの巨大な岩だったといった様子だ。


前回の調査時に、ルカは王都のギルド本部から、迷宮を長年研究しているという専門家を招き、話を聞いた。

現地も調査してもらい、その上で意見を訊いたのであるが、その答えは「本当に、ここに迷宮があったのですか?」という疑問の形で返ってきた。


人生を迷宮の研究に費やしたと自負する者でさえ、この現場からは何も発見することができなかった。

国内に二百箇所近くあるとされている迷宮のいずれかが消滅したなどという事例は、これまでに皆無であったらしく、そうしたことが起こるのだということさえ、その専門家も想像だにしていなかったらしい。


そうした事情もあり、自分たちのような迷宮についての知識が無い人間がいくら調査しようとも、新しく何かを発見できるとは、ルカには到底思えなかった。


しかも調査対象となる迷宮自体が、もうすでに存在していない。


ルカは、この場にやってくる際にあまり気乗りがしていなかった。

同じ時間を費やすのであれば、その犯人捜しの方に時間を使いたかったのだ。


領主である父が自ら、その目で確かめるなどと言い出さなければ、従騎士たちを現地に派遣するだけで済まし、自らはオースレンでの不審人物のリストアップなどを行うつもりであった。


この時期にオースレンを離れていた者。

迷宮にいたと思われる冒険者たち。

他所の都市からの旅人。


そのほかにも、どんな些細なものでもいい。

街の人々の噂なども拾い上げて聞くつもりであったのだ。



「……コルネリス様? コ、コルネリス様! 大丈夫ですか。どうされましたか!」


ルカの従者モリスのただ事ではない様子の声に、ルカをはじめとする一同が、領主に視線を集める。


「……う、うぅ……。息が……」


コルネリスの顔色はまるで死人のように青ざめていた。

胸の辺りを鷲掴みにしており、やがて白目を剥いて、地面に崩れ落ちた。








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