第75話 何食わぬ顔で

デンヌの森の岩場で二日ほど滞在し、計画通り、何食わぬ顔でオースレンに戻ったショウゾウが目にしたのは、混乱した様子の街の人々と、今まさに領主の城から出立しようとする調査団の姿だった。


遠目に、あの忌々しい若造ルカと派手な用心棒の姿も馬上にある。


どうやら、思い描いた通りの、適時であったらしい。


彼らはこれからもぬけの殻の迷宮に向かうのだ。


第一発見者となった冒険者が迷宮の異変に気が付き、急ぎ戻ってギルドに報告したのが昨日の夜辺りか。

迷宮の消滅までは、前回同様であるなら、まだ時間はあるであろうし、疑いの目が仮に再び向けられるとしても、その根拠となる事実は何もない。


彼らがどれほど慌てふためき、そこからどのように出立の準備を進めたのか目に浮かぶようであった。



ショウゾウは、やけにがらんとした冒険者ギルドのホールで、暇そうにしていた受付嬢のナターシャに声をかけた。


「まあ、ショウゾウさん。無事にお戻りになられたのですね。その……森は大丈夫でしたか?」


「森? ……何かあったのですかな?」


「ええ、迷宮から大量の魔物が溢れ出して、遭遇した冒険者や街の人たちが大勢、犠牲になったみたいなんですよ。被害の全容はつかめていないのだけれど、どにかく無事でよかったですね、ショウゾウさん」


「魔物の大量発生! いや、琥珀アンバー採りに夢中になっておったからまるで気が付きませなんだ。魔物とも遭遇しませんでしたし、おそらく魔物も儂のような干からびた爺など旨くなさそうだとさけたのでしょう」


笑いを取ろうと思ったのだが、ナターシャはさすがにそんな気分になれなかったのか、浮かない顔だった。


ショウゾウは背に負っていた籠をナターシャに預け、ギルドを後にした。


琥珀の鑑定は依頼主である宝飾職人組合の人間が、ギルド立ち合いの中で行い、買い取り額の提示が為される。それまでは数日かかるらしい。


ショウゾウはその手続きと同時に冒険者証をナターシャに手渡し、貢献実績の記録更新をしてもらった。


当然、複合迷宮に足を運んだことは、その討伐記録などから冒険者証に記憶されておらず、ギルド職員に対する依頼達成の申告は、デンヌの森の岩場で鉱石採集の依頼をこなしていたことを裏付ける証拠となるのみだ。


冒険者名:ショウゾウ

ランク:D


D級ダンジョン「悪神の問い」のボスモンスターを討伐した記録から、すでにD級冒険者への昇格を果たしていたショウゾウであったが、鉱石採集のような地道な活動も決して無駄ではない。

ギルド本部への貢献度が高まることで、ショウゾウに対する評価や印象はより良いものになっていくらしく、引退後に冒険者ギルドの職員として登用されたり、指名依頼が入ることなどもあるのだそうだ。

ボスモンスター未討伐でも、特例でのランク昇格が認められることもあるらしく、ギルドへの貢献度は高めておくに越したことは無い。


ギルドを出たショウゾウは、いつもの宿屋に向かい、部屋を取ると、オースレンの街中を流れる川のほとりにある浴場に足を運び、身を清めた。


浴場と言ってもここはお湯ではなく、石鹸なども無い。


自分で身体を洗ったり、洗濯できるスペースを借りるだけだ。

かつてショウゾウが、スキル≪オールドマン≫で老衰死させた死体を川に流した際は、開店休業状態に陥っていて、利用者が激減したものだ。


浴場ですっきりとしたショウゾウは、着替えを済ませ、その足で魔法院に向かうことにした。


途中、何か菓子などを土産に買い、花なども持っていこうか。


話が長い≪引き水の賢人≫ヨゼフなどはどうでもいいが、ヨゼフの弟子である≪新緑育む手≫エリエンの顔が久しぶりに見たくなったのだ。


≪黒狼狩猟団≫の魔法使いから、殺して奪った風魔法の属性素質のこともある。


そろそろ魔法使いとして、もう一つ上のステップに進む時が来たのではないかとショウゾウは、夜の森の焚き火の炎を眺めながら、そう思い付いたのだった。



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