第74話 従魔の刻印

F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫とG級ダンジョン≪悪神あくしんいざない≫の二つの迷宮の単独攻略に成功したショウゾウは、≪老魔ろうまの指輪≫を外して、五十代の半ばほどまで若返った姿に戻った。


ジャンとのこともあったので、油断せずマントのフードを目深にかぶり、出口へと向かった。


人間の鼓動にも似た地震のあと魔物たちが迷宮から溢れ出し、地上を目指して移動を始めていたが、ショウゾウに敵意を見せることは無く、むしろその進路を塞ぐまいと配慮していることが伝わって来た。


それはまるで王者の行進のようであった。


ショウゾウの前を遮る者は無く、前を行くショウゾウの後を続くようにして、ぞろぞろとついてくる。


もちろん、ショウゾウもこれら異様な行動をとる魔物に気を許すことは無く、最大限の警戒心を保ったまま、外に出た。

態度を豹変させることも考えられるし、背後から急襲されてはたまらない。


迷宮の外はすっかり静かになっていた。


戦闘は終わったようで、≪悪神のたわむれ≫から這い出た魔物の姿はまばらになっていた。

もしかすると、今残っている魔物は≪悪神あくしんいざない≫から新たに出てきたものたちであるかもしれない。


力尽きた冒険者たちの亡骸は食い散らかされていて、もはやその原形を留めていない。


ショウゾウはそれでもだれか生存者がいて、己の姿を見ているかもしれないという気構えで、その場を離れた。




ショウゾウはひとりデンヌの森の岩場に向かい、そこで地中に埋めた己の冒険者証を回収するとともに、鉱石採集を始めた。

ここにはかねてより、冒険者ギルドから借りた道具一式と野営のための道具を繁みに隠していて、アリバイ作りのため、あと二日ほどはここに滞在する予定であったのだ。


二日というのは迷宮からオースレンに徒歩でかかる日数。


新たな冒険者がその頃には複合迷宮に辿り着き、異変の第一発見者になるのに十分な時間だ。


この辺りの岩場は、泥岩からなる地層が複雑に隆起した異様な地形で、地表に露出した比較的脆い岩の合間から、植物や樹液の化石が採集できる。


ショウゾウが受注したのはこの樹液の化石、すなわち琥珀アンバーの採集だった。


琥珀はその加工のしやすさなどから、イルヴァースでも宝石として珍重されており、それを加工して商いをしている商会からの依頼であるのだ。


迷宮から魔物が溢れ出し、以前よりもいっそう危険度が増したために、このような森での依頼が増えていた。


ハンマーを使って岩を割り、タガネを用いて不要な部分を取り除く。


そうして採集できた琥珀を背負い籠に集めればあとはオースレンに戻るだけ。


「意外と、向いているのかもしれんな」


依頼人から受けた説明通り作業をしたショウゾウであったが、思ったよりもこの岩場が良質な採掘場であったためか、思ったよりもはやく籠がいっぱいになってしまった。


静かな森の中で、時は緩やかに過ぎ行く。


ショウゾウは巨石の影を野営場所に定め、その近くに石を並べて焚き火を起こした。


もう辺りはすっかり暗くなっていたが、焚き火の灯りで文字を読むことに不自由はない。


「ブック!」


ショウゾウは、何もない空間から≪魔導の書≫を出現させた。


見ると表紙に見慣れぬ刻印が現われていて、少し見た目や装飾が立派になっていた。


その刻印がなんなのか、≪魔導の書≫に問うてみると、それは≪従魔の刻印≫と呼ばれるものであるらしい。


かつて神と人と魔が二つの勢力に分かれ相争った時代に、それを率いた≪魔王≫と呼ばれる存在がそのシンボルとして用いた印であるようだ。


ショウゾウはそれに関する記述を流し読みすると、今度はおのれの≪現在の状況≫を≪魔導の書≫にリクエストした。



名前:ショウゾウ・フワ

年齢:53

性別:男

レベル:17

種族:人間

契約神:魔導神ロ・キ(闇魔法契約済み)

契約魔法:火魔法、地魔法、水魔法、命魔法

属性素質:火、地、命、風

スキル:異世界言語LV1、オールドマンLV2、忍び足LV2、怪力LV1、掃除LV1、魔法適性LV3、鑑定LV1、格闘LV1、売春LV1、恐喝LV1、物乞いLV1、薪割りLV1、釣りLV1、皮革加工LV1、鍵開けLV1、どこでも安眠LV2、シラミ耐性LV1、仕掛け漁LV1、悪食LV1、調理LV1、性技LV1、暗算LV1、軽業LV1、乗馬LV1、歌唱LV1、代筆LV1、掏摸すりLV1、演技LV2、剣技LV2、捕縛LV1、裁縫LV 1、札占いLV1、刃物研ぎLV1、舞踊LV1、鉱夫LV1、達筆LV1、御者LV1、荷役LV1、投げナイフLV1、盾LV1



53歳か。

儂はその頃、何をしておったかな。


ショウゾウは眼を細め、当時のことを思い出そうとする。


もうその頃は、依願退官後で民間にいたはずだ。


昭和の最後の年あたりであったかもしれぬ。


焚き火の炎の揺らめきを眺めつつ、遠き過去に思いを馳せると、ここ数日の慌ただしさを忘れられるような心地がしてきた。





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