第72話 死の抱擁

「大丈夫か? 何があった?」


ショウゾウは何食わぬ顔で、青ざめた顔のジャンに尋ねた。


「魔物だ! 魔物が≪悪神のたわむれ≫から溢れ出て来やがったんだ。それも恐ろしいほどの数だ。外にいた連中は勇敢にたたかったがほとんどやられちまった。生きながら食われてた奴もいたよ!残っている中ランクの冒険者だって、あれほどの数ではどうしようもない。≪悪神の問い≫が消滅する前に同じようなことが起こったらしいんだが、きっと今回も同じだ。おお、神よ。偉大なる《オルディン》よ。俺をお救いください……」


ジャンは両手を顔の前で組み、跪いて天に祈った。

恐怖からか涙声で、全身も震えている。

あれほど粋がっていた若者がこんなにも怯えてしまうとは、外の様子はよほど恐ろしい光景に映ったのだろう。


「お前はここで何をしている。 仲間はこの迷宮の奥か?」


「いいや、俺は一人だ。領主からの依頼で、G級迷宮に異変がおきないか見張りをしてたんだが、まさかこんなとんでもないことが起こるなんて。知ってたら受注しなかったよ、ちくしょう。コービーの奴、怪我をしてて良かったな。それに比べて、俺は、……ああ、何てついてないんだろう……」


ジャンの視線は宙を彷徨い、酷く不安定だった。

瞳孔が開き、瞳が小刻みに揺れている。

不安を紛らわすためか、普段より口数が多すぎるし、落ち着きが無さ過ぎる。


この複合迷宮に来た時は、異変を知らせるための見張りが付いているなどとは知らなかった。

確かに出入り口付近に数人いたような気がしたが、衛兵などではなかったので特に気にも止めていなかったのだ。

自分が見た数人にしても、その中にジャンの姿は無かったと思うし、こやつのことだきっとどこかに隠れてサボっていたに違いない。


それにしても、迷宮消失の後にしては無防備だとは思ったが冒険者を雇ってやらせていたとは……。


「おい、しっかりしろ。お前はこの迷宮の前で見張りをしていたんだったな。こっちの迷宮内には今、どれくらいの冒険者がいる?」


「知るかよ。俺が頼まれたのは複合迷宮に異変が起きた際の報告だけだ。迷宮に入らなくてもいいなら一人でもできると思ったのに、すんげえ暇だし、こんな依頼受けるんじゃ……ってあんたの顔、どこかで……」


次の瞬間、ショウゾウは右手でジャンの顔を掴んだ。

そのままスキル≪オールドマン≫を発動し、ジャンの精気を吸う。


ジャンはその手を顔から引き離そうと藻掻いたが、すぐに一人では立っていられなくなり、ショウゾウにもたれかかって来た。

ショウゾウは老いてやせ衰えたジャンの身体を抱き留め、しばらくじっとその体勢でいた。


それは、ジャンが今際いまわきわで確かに「ショウゾウ……」と呟いたのを聞いたからだった。


「やはり、ある程度の面識がある相手には気付かれる可能性が十分にあるのだな」


変装、あるいは仮面のような物も後で試してみるか。


ショウゾウはこれまでの素顔での行動を振り返り、少し軽率であったかと反省しながら、ジャンの死体を静かに地面に置いた。


迷宮内の冒険者の人数を聞き出せなかったのは残念だが、ちょっとした気付きが得られたし、この突然の再会とジャンという若者の命にも、きっとなにがしらかの意味があったのだとショウゾウはしみじみと考えた。


少しの間、一緒にいたせいだろうか。

変に情が移ってしまったかな



ジャンの身元を明らかにする所持品が冒険者証以外に特にないことを確認し、その屍に≪火弾ボウ≫を放った。


ちなみに革袋の中の硬貨は大した額ではなかったが、「もともと儂のものであったな」と自分の鞄に仕舞い、冒険者証も同様に放り込んだ。

冒険者証は、迷宮最下層の手前あたりで捨てるつもりだ。

迷宮の消滅と共に一緒に消えるか、地の底にそのまま埋まっていてくれるとありがたい。


ショウゾウは、燃えさかる屍に背を向け、地下へと続く階段を降り始めた。


G級ダンジョン≪悪神あくしんいざない≫は、地下三階まである縦型構造だが、各フロアの床面積は狭く、他に冒険者がいるのであれば探し出すのはそう難しいことではない。


ショウゾウは、ボスモンスターの部屋に辿り着く途中で出会った冒険者は、ジョン同様に全員始末するつもりでいた。

この迷宮の魔物では弱すぎる上に知能が低く、大量発生しても冒険者たちを殺しそこねてしまう可能性がある。


G級ダンジョンにやってくるのは駆け出しの冒険者ばかりだが、引率者のような立ち位置のメンバーがいないとも限らない。

そうであるならば、自分の手を汚す方が確実だと考えたのだ。


最深部へと続く通路はほとんど岐路が無く、罠も無い。


ショウゾウは、誰かいないかと大声で声掛けしながら、各階の≪休息所≫を覗き、そしてボスモンスターの部屋の扉まで進んだが、他の冒険者たちとは出会うことが無かった。


あのような騒ぎがあったあとなので、新人冒険者の成り手も今のオースレンでは少なかったのかもしれない。

魔物とは何度か遭遇したが、それも他の冒険者の不在を証明してくれることになった。


ショウゾウはジャンの冒険者証をその扉の前で取り出すとそれを部屋の隅の方に適当に放り、戦闘の準備を始めた。


腰の小剣を抜き、刃こぼれなどないか確認すると、それを鞘に戻し、≪老魔ろうまの指輪≫と≪石魔せきまの杖≫を鞄から取り出す。


「ふう、やれやれだな。自分で立てた計画とはいえ、忙しいこと、この上なしだ」


ショウゾウはそうこぼしたが、ジャンから精気を奪ったばかりということもあって、肉体には活力が満ち満ちていた。








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