第70話 分かたれたる者

黒い火に全身を焼かれながら、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウは藻掻き、そしてやがて息絶えた。


黒大蜘蛛の残骸が迷宮の地面に吸い込まれていき、そしてこぶし大の魔石、「黒大蜘蛛の大牙」、「蜘蛛の腹皮」が残った。


ショウゾウはそれらを≪魔法の鞄マジックバッグ≫に納めると、≪悪神の問い≫の時の様な異変が起きるのを期待して待った。


これで終わりではあるまい。

儂の予想が正しければ、必ず何かが起こるはず。


ショウゾウは、杖を握りしめ、周囲の警戒を怠らなかった。


『……封印は破られた。闇の解放者よ。礼を言う』


やはり、現れた。


黒大蜘蛛ブラック・ウィドウ再出現リポップ位置辺りに、≪悪神の問い≫に現れた男と同様の、半透明な姿をした何者かが。


それは黒いドレスを身に纏い、頭にはそれと同じ色のヴェールをつけた若い女であるように見える。

半透明であるばかりか、全身に黒い靄のようなものがまとわりついていて、それ以上のことはわからない。


室内は重苦しい雰囲気になり、全身に異様な圧迫感を感じていた。


敵意は無い、と思う。

だが、そう思っているにもかかわらず、ショウゾウの本能は緊張感を解くことを拒絶していた。


「礼などは良い。その代わりに教えてくれ。おぬしらは一体、何者なのだ? 儂に何をさせようというのだ。≪悪神の問い≫の男に言われた通り、こうやって死にそうな目に遭いながら、苦労して迷宮の守護者を倒してやったはいいが、これが儂になんの利をもたらす? 答えられぬというのであればそれでもいいが、そうであるならば、これ以上はおぬしらの思惑通りには動かんぞ」


脅しととられるかもしれぬが、こちらも大きなリスクを負っておるのだ。

言いたいことは言わせてもらう。


『我らは、悪神から分かたれたる者。闇の眷属。闇の主に従う者。そして闇の解放者たる汝の同胞はらからでもある。元は自我を持たぬ力の塊に過ぎなかったが、迷宮に挑んでくる愚かな人間の血肉を得て、闇の生命を宿すに至る。どうだ、これで満足か?』


女の声が、低く、妖しい響きとなってショウゾウの脳に伝わって来る。


「なるほど、お前たちの目的は、その悪神とやらの復活か? すべての迷宮を攻略し、その全てを消滅させた暁には、その悪神とやらが蘇って来るのではないか。儂はそのための使い捨ての駒。違うか?」


少し飛躍しすぎた話かもしれぬが、反応を見てみよう。


『一度、分かたれたるものはもう元通りには戻らぬ。悪神のその魂はもはや消滅し、その存在はすでに過去のもの。闇の解放者よ。我はもう行かねばならぬが、闇がその力を再び取り戻したのなら、再び会うこともあろう。今はまだ儚げな汝の中の闇が、深く、濃く、大きくなっていくことを切に願う』


もう少し情報を引き出したかったが、≪悪神の問い≫の男と同様に、何かに急かされるように消え去った。


そして、それと同時に迷宮が揺れ出した。


例の心音のような不思議な揺れだ。


さあ、ここから忙しくなるぞ。


ショウゾウは、≪老魔ろうまの指輪≫を抜き去るとそれと≪石魔せきまの杖≫を鞄に仕舞った。


ここからは再び若返った素の自分の姿でいく。


この≪悪神のたわむれ≫が、前の迷宮と同じであるならば、この部屋の外でも何かしらの変化が起きているはずだ。


ショウゾウは出入口扉の前の土壁にかかった≪土石変化ストゥーラ≫を解除して、そこから出ようと考えた。


しかし、その外側から尋常ならざる叫び声がいくつも聞こえてきて、隙間を少し開けたところで思いとどまった。


「モンスターだ!モンスターが大量に地面から湧いて出てきやがった!」


魔物だと?

≪悪神のたわむれ≫の魔物は、≪迷宮漁り≫たちに狩り尽くされて、まったくいなかったはずだが、どういうことだ。


慌てて金属扉を背に身をかがめ、聞き耳を立てる。

そして隙間から外の様子を窺おうとしたが、角度的に不可能だった。

自分の目で確かめるには、もっとしっかり開ける必要がある。


目視を諦めたショウゾウは、扉をしっかりと閉じ、身を張りつけて押さえた。


そして、扉越しにおぞましい魔物たちの雄叫びや吠え声と戦闘をするような物音を聞く。


「こいつら、次から次へと湧いて出てきやがる」

「駄目だ。数が多すぎる。このままじゃ……」


異常な再出現リポップが発生しているのか?


扉の外から聞こえてくる音や声から察するに、どうやらボスモンスターの部屋の外にいたらしい冒険者たちが魔物と戦っているのは確実であるようだった。


しかも劣勢であるようで、もしかするとこの部屋に逃げ込んでくる可能性がでてきた。


ショウゾウは再び≪土石変化ストゥーラ≫で扉の前を塞ぐことにした。













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