第69話 黒大蜘蛛の顎(あぎと)

≪黒狼狩猟団≫の燃える屍を眺めながら、ボスモンスターの再出現リポップを待った。


「やはり、≪魔力マナ≫を失った屍はよく燃える」


リーダー格の男は最後まで命乞いをやめなかった。

どうやら全身の負傷で戦える状態には無かったらしい。


もう一人の男はやはり死んだふりをして隙を伺っていたようであり、≪火弾ボウ≫で火達磨にしてやると、慌てて火を消そうとそこら中を転げまわった。



黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの出現予定場所から少し離れた壁を背もたれにして座り、軽い食事を取った。

干した果実とパン。

それを水に浸して、胃袋に詰め込む。


もう三人の死体は焼け焦げ、火は消えてしまった。


ボスモンスターの部屋の扉は≪土石変化ストゥーラ≫で作った土砂の壁が塞いでおり、仮に他の冒険者たちがやって来たとしても扉を開けることはできないだろう。


この状態を維持し続けると、微量ずつではあるが≪魔力マナ≫の消費がある。


だが、その消費を物ともしないほどの≪魔力マナ≫が今のショウゾウにはあった。


先程の魔法使いの命を奪った際に、≪魔力マナ≫が回復したと思ったのだが、そうではなかった。

魔力マナ≫の最大所持量自体も増えていたのだ。

あの≪黒狼狩猟団≫の魔法使いが持つ≪魔力マナ≫自体がそっくりそのまま自分の物になったようなものであり、完全に回復しきった状態なら、かつての自分のおよそ三割増しくらいに相当するようだ。


まだ検証が必要であるが、これが、スキル≪オールドマン≫のレベルアップの効果なのかもしれないとショウゾウは考えた。

この推理が正しければ、魔法使いの命を奪えば、その分だけ、己の≪魔力マナ≫の器を拡大させてゆくことができることになる。



「……おっと、お出ましのようじゃな」


黒大蜘蛛ブラック・ウィドウ再出現リポップした。


地面が盛り上がり、そこから出現した肉塊がしばらくうねうねと蠢き、そして巨大な一匹の蜘蛛になった。

背には女の顔に見える模様が入っており、その部分をこちらに誇示するかのように持ち上げ、威嚇している。


『≪魔導の書≫に導かれし者よ。……闇の解放者よ。たわむれと侮ることなかれ。その全力を持って、封印のくびきから我を解放せよ』


これまで二度の討伐では一切語りかけてなど来なかったが、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウが言葉を発した。

それは鼓膜に伝わる音では無くて、何かの念波のようなものであった。


そして、前の時とは異なり女の声のように聞こえた。

低く、影があるような陰気な声だった。


「貴様は何者か。≪悪神の問い≫におった奴とはどのような関係か?」


ショウゾウはそう問いかけたが、応えはなかった。

その代わりに、口から粘性の糸を吐き、身動きを封じようとしてきたが、ショウゾウには油断は無かった。


転がってそれを躱すと、年齢を感じさせぬ機敏さですぐに立ち上がった。


肉体が五十四歳まで若返ったこともあって、≪怪力≫や≪軽業≫といったスキルの恩恵をようやく感じられるようになった。

素の能力が低すぎた以前とは異なり、レベルも16にまで上がっている。


「闇より出でて、彼方の敵を……」


火弾ボウを闇の魔法により反転させようとしたが、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウが素早く飛びつき、仰向けになったショウゾウの上に覆いかぶさった。


そして鎌状になった鋏角きょうかくのある口で喉元に食いつこうとしたがそれを右腕で防ぐ。


「ぐっ」


前腕の肉が抉れ、痛みで顔が歪む。


前に一緒に戦った≪安全なる周回者≫のシィムによれば毒はないらしいが、腕を噛む力が強く骨ごとへし折られそうだ。


いいぞ。

そのまま、不用意に噛みついていろ。


ショウゾウはスキル≪オールドマン≫を発動し、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの精気を吸った。


腕の傷が癒え、それにつれ黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの顎の力が弱まっていく。


ようやく異変に気が付いたのか、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウが後方にぴょんと飛び退った。

それは巨体に似合わぬ身のこなしであったが、襲ってきた時ほどの機敏さは感じられない。


しかも退いたあと、まるで怯えでもするかのように向かってこない。


好機じゃ。


「闇より出でて、彼方の敵を穿て、真なる火よ」


ショウゾウの≪石魔せきまの杖≫の先に黒い炎の塊が出現した。


闇火弾デア・ボウ!」


黒い炎の弾が空気を切り裂くような摩擦音をたて、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウに向かって一直線に飛んでいく。


避けようとした黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの足数本を吹き飛ばして、横腹に穴が開く。


そしてその穴から這い出てきた黒い火が瞬く間に全身を包み、黒大蜘蛛はまるで老女の断末魔のような不快な悲鳴を上げた。



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