第68話 迷宮の秩序

「オレたちは、≪黒狼狩猟団≫。長年、この迷宮の一階を縄張りに活動しているのだが、この迷宮の秩序を乱されたくなくて、声がけさせてもらった」


縄張りと、はっきり言いおった。

前回の時より、随分と踏み込んだ物言いだが、迷宮消失の影響がこやつらにも及んでいるのか。


以前より二人増えて、七人の大所帯になっている。


いずれにせよ。

ここで余計なトラブルは避けたい。


「俺は≪踏破者とうはしゃ≫だ。この迷宮に長居するつもりはない」


「どうだかな。見たところ、あんた単独攻略者ソロだろ。単独攻略者ソロの≪踏破者とうはしゃ≫なんて聞いたことも無いぜ。そんなこと言って、俺たちの迷宮に居つく気なんだろう? いるんだ、そういうのが、わんさかとな」


レイザーの物言いを参考にさせてもらったが、どうやらうまくいかなかったようだ。


冒険者証を見せろとか、そういう話になっても困る。


ここは無視して先を急ぐか。


「信じる、信じないはお前たちの自由だ。俺は≪迷宮漁めいきゅうあさり≫じゃない。向こうから襲い掛かってこなければ、雑魚には興味ないし、目当てはボスモンスターの討伐だけだ」


そう告げて、その場を去る。




モンスター再出現リポップの周期待ちで暇なのか、≪黒狼狩猟団≫のリーダーと思しき奴と、あと二人の仲間がショウゾウの後ろを一定距離で付いて来ていた。


足音を消すわけでもなく、むしろ逆に尾行していることを堂々とわからせようとしているように見える。


いやがらせか、それともずっと見張っているぞといった威嚇行為なのだろうか。


いずれにせよ、目的を果たすためには一人でボスモンスターの間に入らねばならず、少々困ったことになった。


時折、振り返りながら連中の様子を窺う。


リーダーは、腰に剣を下げており、年季がかった鎧とその風貌から前衛職または近接の戦闘を得手とする者であるように見えた。


その左の仲間は杖にローブ姿とわかりやすい。

もう一人は軽装で、レイザーのような役割の者だろうか。


F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫の最深部は地下二階にあり、浅い構造の迷宮であるが、各フロアはかなり広い。


レイザーから貰った地図を頼りに進むが、途中何度も他の冒険者に会い、逆にモンスターとの遭遇は無かった。


冒険者たちはみな一様にこちらを威圧するような視線を向け、明らかに余所者を歓迎していない雰囲気を出していた。


冒険者の飽和状態が起きているのは明らかだった。


この状況が長く続けば、やがて生計が立てられなくなった≪迷宮漁めいきゅうあさり≫同士のトラブルが頻発するのは目に見えている。


なんとか≪黒狼狩猟団≫の三人を撒こうと、≪休息所≫もそのまま通り過ぎたが、魔物が出現しなかったこともあり、気が付くと地下二階にあるボスモンスターの部屋の前の広くなった空間までやって来てしまった。


どうやらボスモンスターを討伐した直後だったのだろうか、扉からホクホク顔の一団が出てきて、すれ違った。


彼らはショウゾウに気が付いたようだったが、背後に≪黒狼狩猟団≫が付いてきたこともあって、他の冒険者たちと同様に一瞬嫌な顔をしただけで通り過ぎていった。

彼らは少し世話になった≪安全なる周回者≫たちではなく、見知った顔も無かった。



さて、先程の連中が部屋から無事に出てきたということは、ボスモンスターの再出現リポップまで半日待たなければならないということだ。


扉の前で待ち続けても良いが、≪黒狼狩猟団≫が邪魔だな。


ショウゾウは駆け足でボスモンスターの部屋に入ると、すぐにその傍の壁に背をつけ、距離をとって隠れた。

マント下の≪魔法の鞄マジックバッグ≫から≪石魔せきまの杖≫を取り出し、魔法発動に備える。


「自在たる土くれよ、そして強固たる石巌せきがんよ。我が意を汲みて……」


そしてショウゾウを追って、慌てた様子で室内に入って来た三人の姿を確認すると、杖先を地面に向けて、≪土石変化ストゥーラ≫と唱えた。


剥き出しの大地のような床が盛り上がり、分厚い土砂の壁となって、≪黒狼狩猟団≫をはるか頭上の天井に押しつぶそうとする。


「お、お前、何を……」


ショウゾウと目が合った≪黒狼狩猟団≫のリーダーが呟く。


石よりも土砂の比率が多かったため、殺傷力の高い突起状にするのは諦めた。


それでも闇の魔法を契約した影響か、土砂の膨張率は凄まじく、上に押し上げる勢いもまた強かった。


ショウゾウの身長の何倍もある天井まで三人を一気に運び、圧迫した。


「……≪土石変化ストゥーラ≫」


ローブ姿の仲間が呻くようにそう言うと一瞬、土壁の上の部分が崩れ、そのタイミングで≪黒狼狩猟団≫がそれぞれ落下してきた。


どうやら即死は免れたようだが、三人は大量の土砂と天井に挟まれたことと落下によるダメージでなかなか起き上がれないでいる。


ショウゾウはその隙を見逃さず、腰の小剣を抜くと魔法使いと思しき男に向かって駆け出す。


武器を使った戦闘を得意とする者はあの重症ではそう動けまい。

少し遠い場所に落ちたが、まず先に始末するのは、魔法使いだ。


「風……よ。研ぎ澄まされたる、……風の刃よ。我が敵を切り裂け。≪風刃パキラ≫……」


頭と口から血を流す重症に見えるが、魔法使いがこちらに何か放ってきた。


ショウゾウは一瞬周囲がゆっくりに見えるほどに緊張しつつも、小剣と≪石魔の杖≫を自分の体の前で交差させ、顔や急所などを庇うようにした。

突進の勢いは当然止めない。


魔法使いが放ったそれは目視できず、かすかに空間の揺らめきのようなものがわかる程度であった。


そして次の瞬間、ショウゾウの右腕の前腕部とわき腹の辺りを、まるで鋭利な刃物を使ったかのように切り裂いた。


「ぐっ……」


小剣を握っていられず、落としてしまったがそのままの勢いで魔法使いにタックルし、そのまま押し倒す。


「お前の命で、傷を癒させてもらうぞ!」


ショウゾウは馬乗りになり、スキル≪オールドマン≫を全力で発動させた。


魔法使いの目はすぐに焦点を失い、口は呆けているかのように半開きになった。

そして、容貌に著しい変化が始まる。


皮膚が潤いを失い、皺皺と縮んでいく。


それと同時にショウゾウの腕とわき腹の傷が癒え、全身に活力がみなぎる。


「有難いな。魔力まで一緒に吸収できるのか」


スキル≪オールドマン≫のレベルが上がった影響か、体内の≪魔力マナ≫が大幅に回復したのを感じた。


そして魔法使いは、死んだ。


「貴様、何のつもりだ!こんな酷いことをしやがって、いくら何でもやり過ぎだろう!」


ようやく立ち上がったリーダー格の男が背後で吠えながらゆっくり近づいて来た。


どうやら骨折しているらしく、足を引きずり、息も絶え絶えの様子だ。


もう一人は気絶しているのか、死んだふりしているのか、動く気配も無い。


「おぬしらこそ、人の後をついてきて、どうするつもりだったのだ? おおかた、ボスモンスターを倒した後、疲れ果てた俺を襲うつもりでいたのだろう」


「そんなことはしない。少し痛めつけて、この界隈をうろつくなと忠告しようと思っただけだ」


「同じことだ。儂の邪魔をしていることに違いは無い」


ショウゾウは≪魔法の鞄マジックバッグ≫から≪老魔の指輪≫を取り出し、それを人差し指に嵌めると、老人の姿に戻った。


やはり戦闘はこの姿の方が良いようだ。

≪老魔の指輪≫から不思議な力が流れ込む。

魔力マナ≫の操作が非常にスムーズになり、身の内の≪魔力マナ≫回復が増進されているのを実感できる。


小剣を失った以上、とどめは魔法だな。


「お、お前は! 以前、ここで出会った爺!これはいったいどういうことなんだ? 」


剣を杖代わりに立ち尽くすリーダー格の男は狼狽し、目を見開かんばかりに驚いた顔をした。


「……おぬしがそれを知る必要はない。ここから生きては帰れぬのだからな。小人は小人らしく、自分たちのことだけしていればよかったのだ。儂に関わったのがすべて、運の尽きだったようじゃな」


ショウゾウの闇を宿したかのような黒い瞳がその奥に昏い光を灯した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る