第67話 黒狼狩猟団

D級ダンジョン≪悪神の問い≫の消滅から二月ふたつきほどが経った。


オースレンを離れる中堅クラスの冒険者と市井の人々の景気が悪い話が増えはしたものの、少しずつ落ち着きを取り戻し始めたようだった。


領主コルネリスもギルド長ハルスと相談し、迷宮消失のそれなりの対応策を打ち出したようである。

冒険者たちが比較的稼ぎやすい安定的な拠点であったこのオースレンを、B級ダンジョン≪悪神の偽り≫の攻略を目指す上位冒険者のための街へと造り変えると方針を定め、そのための支援施設の充実や周辺都市への広報に力を入れる気であるらしい。


冒険者証の討伐履歴などから≪悪神の偽り≫を活動の中心にしていると認定された冒険者には、ギルドを通して徴収される所得税に対しての減税が為され、ドロップ品も他都市の相場よりも高く買取ってもらえるなどの優遇措置が取られるようだ。



このようなオースレンの変革の原因を作ってしまったショウゾウであったが、本人はこの動きを冷ややかな視線で眺め、うまくいくはずが無いと内心呆れていた。


レイザーによればB級ダンジョンを攻略できるパーティの数はそれほど多くは無いと聞くし、≪赤の烈風≫マルセルのように、そのボスモンスターの討伐実績を持つ冒険者となるとさらに希少であるらしいからだ。


もし、このオースレンの都市人口と規模を維持したいと考えるならば、ダンジョンに依存しすぎぬ産業構造の変換と職にあぶれた中堅クラスの冒険者の雇用確保をこそ考えるべきだったのではないだろうか。


ダンジョンは直に消えて、すべて無くなってしまう。


儂の手によって。



ショウゾウは、五十代の半ばまで若返った風貌のまま、ひとり、F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫の攻略に挑んでいた。


厄介払いをしたわけではないが、レイザーとエリックには王都へのある使を頼んでおり、かねてから考えていたソロ攻略挑戦をするには好都合のタイミングとなったわけだ。


G級を通り越して、いきなりF級のソロ攻略に挑んだのには訳があった。


ショウゾウはF級をもしうまいこと消滅に導くことができた暁には、G級をもそのまま、はしごする気でいたのだ。


難易度が高い≪悪神のたわむれ≫を先にかたずけたほうが、迷宮消失の過程を考えると無駄が少なくて、スムーズに事が運ぶ。


ショウゾウはここに来る途中のデンヌの森で、自らの冒険者証をとある岩場の石の下に、穴を掘って埋めてきた。


所持することで、討伐履歴が記録され、ギルド本部にある装置にその情報が伝わるのなら、所持しなければいいだけのこと。

いまさら、ギルドの評価など大した問題ではない。


ショウゾウにとってはあくまでも岩場での鉱石採集の依頼をこなしていたのだというアリバイの方がよほど価値がある。



あの≪悪神の問い≫の消滅の際に、石の獣人ストーン・ビーストの台座の上に現れた漆黒の衣を纏ったあの幽霊のような男が言っていた。


『各地に点在する迷宮を周り、己が力のみでその守護者を討ち滅ぼすのだ。その身に宿った闇が偽りの光とその戒めの効力を破り、封じられていたイルヴァースの闇が力を取り戻す』


この言葉の意味をあれからよく考えた。


そして、『己が力のみ』というのが迷宮を消滅に導く条件ではないのかと今では半ば確信をしている。

というのも、あれから≪悪神の問い≫のボスモンスターである石の獣人ストーン・ビーストについて、冒険者たちから情報を集めたのだが、人の言葉を話すなどと言った証言は全く得られなかったのだ。


おそらくあの迷宮の番人たちは、儂の前でのみその本性を現す。


それが何ゆえかはわからぬが、おそらく儂をこの異世界に導いたあの革帽子の男が関係しているのは間違いあるまい。


それらの謎を解き明かすためにも、まずはこの迷宮を攻略せねばならん。


儂一人の力で。


レイザーとエリックに事情を話しボスモンスターの部屋の手前まで連れて行ってもらうという方法もとれなくは無かったのだが、秘密というものはそれに加わる人数が増えれば増えるほど露見してしまうもの。


それにこの迷宮を訪れるのはもう三度目だ。

地図はほぼ頭に入っている。


それに相変わらずこの≪悪神のたわむれ≫は≪迷宮漁めいきゅうあさり≫が多く、冒険者で混んでいる。


罠は解除されっぱなしだし、途上の魔物もほとんど狩りつくされていて、ソロでも危険はほとんどない。


「おい、あんた、余所者よそものだな」


迷宮に入ってすぐ、聞き覚えがある声に呼び止められた。

振り返るとそこには≪黒狼狩猟団≫とかいう以前もこのフロアで絡んできた連中がいた。

たしか、一階を中心に活動しているという冒険者集団だったか。


こやつら、見慣れぬ者を見つける度にこうして声掛けしているのか?


それにどうやら若返った今の儂と、年老いた冒険者ショウゾウが同一人物だとは気が付いていないようだ。

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