第三章 反骨の魂と反撃の狼煙

第66話 反撃の狼煙

夜の街。雑踏。屋台の煙やアルコールの匂い。娼婦たちの立ち姿。


ショウゾウは、オースレンの繁華街の風景にどこか懐かしさを覚えていた。


戦後の混乱期から、その復興への途上。

人々は貧しく、そこから這い上がろうと誰もが目にぎらぎらとした欲望や野心を宿らせていたあの頃。


儂も若く、裕福ではなかったが、夢と野望に満ちていた。


無論、建物や道、それらの造形は全く異なる。

だが、この混沌とした活気は共通していて、ショウゾウにとっては好ましいものであったのだ。



ショウゾウがこうして夜の街に繰り出してきたのは、若返ったことに浮かれてというだけの話ではない。


「今に見てれよ。次は儂の番だ」


ショウゾウは月に照らされて浮かび上がっている領主の城を見やり、そう呟いた。


街を睥睨する高みからのうのうと儂を見下ろす者たちよ。

今はそうして安穏としているが善い。

いずれ立場が逆転するその日までな。


ショウゾウは、あの太々しくも正面から姿を現わした若き追跡者ルカの顔を思いかべ、それを身の内で滾る闘志の炎の中にべた。


領主たちの追跡の手を逃れるだけならば、スキル≪オールドマン≫をこれ以上使わず、品行方正に早寝早起の健康的な生活をしていればよいが、それだけでは不十分だと考えていたのだ。


守りに入るのは愚策。


迷宮消滅によって連中が浮足立っている間に、素早く懐に入り込み、刃を突き付ける。


これが最善手だ。


そのためには、このオースレンの表と裏を知り尽くし、権力の喉元に至る方法を見つけ出さねばならぬ。

寝台で惰眠を貪っているわけにはいかないのだ。


ショウゾウは盛り場を巡り、ただの客を装いながら情報を集めることにした。


何のしがらみもできない一期一会の酔客の相手をし、領主一族や街の治政に関する不満を聞き出した。

ついでに酒場の商売女に気前よく振る舞い、耳寄りな情報は無いかと会話を楽しむ。


「旦那様、見ないお顔だけど、どの辺から来たの? 夜の闇のように黒い目と神秘的な顔立ち、とても異国情緒があって素敵だわ。海を越えた東国か、それともおとぎ話に出てくる砂漠の民かしら。整った顔立ちだし、あと十年も若かかったころには相当おモテになっていたのでしょう」


これが今のショウゾウの風貌を見て、口にした商売女の感想だ。


客相手のおべっかも大いに含まれているであろうが、危惧していたほどの違和感は与えていないようだった。

どうやら似たような特徴を持つ人種が、この異世界にもいるらしい。

そして行商人など、多くの人種が往来を通るこのオースレンでは、外国人はそれほど見慣れぬものではないということだった。


様々な人々の話を聞き、知ったことだが、相次ぐ各国間の戦と興亡により、このノルディアス王国は多民族国家と言っても良い状態なのだそうだ。


他国には無いダンジョンから得られる資源、主に魔石を有効利用し、その版図を外へ外へと広げているらしい。




なるほど、やはりダンジョンだ。

国を、そしてこのオースレンを富ませているのはやはりダンジョンという、前の世界には無かったあの異様な建造物群なのだ。


元通産省官僚だったショウゾウにしてみれば、情報を集めるほどに、この事実に着目せざるを得なかった。


この程度の文化レベルと経済規模でこれほどの繁栄と人口を維持できていること自体が不自然なことのように思える。

さしたる産業も無く、農業も近代化していない旧態依然としたものだ。


イルヴァースは、前にいた世界で言えば良くても中世後期ほどの文明レベルしかない。


そうした時代というのはおおむね貧しく、国家や地方領主の財政というものは赤字でひっ迫しているのが当たり前であるのだ。


そうであるにもかかわらず、このオースレンを治めるグリュミオール家についてそうした話は聞かない。


税の取り立てはあるものの、さほど過酷ではなく、物乞いや困窮者たちに対する福祉なども比較的充実している。


不満や弱みを聞き出そうにも、グリュミオール家に対する民の評判はおおむね良好で、民心も保たれているようだった。



「だが、もしダンジョンが無くなったら、その善政を維持できるかな?」


羽目を外し過ぎて、すっかり朝帰りになってしまったショウゾウは物陰で≪老魔の指輪≫をはめ、元の老人の姿に戻り、呟いた。


そしてふと着替えもしなければ宿屋に戻れないことに気が付き、「めんどくさいのう」とこぼした。


六十代前後の体に徹夜はやはり堪えた。










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