第62話 悪の住処
オースレンの街に戻ったショウゾウは、ここしばらく拠点にしていた安宿を引き払い、領主の城にほど近い、中央区の比較的上等な宿に移った。
≪黄金の仔馬亭≫という名で、客層は良く、部屋は広々としていて、鍵付きである。
二階建ての大きな建物で、一階の食堂で振る舞われるオースレンの名物料理は他の都市から食事目当てに訪れる者がいるほどに有名であるらしい。
その分、宿代は、前の宿の三倍ほどで、とても駆け出しの冒険者が利用するのははばかられるようなグレードであった。
ショウゾウにしてみれば、別に前の宿に不満があったわけではない。
少々、壁が薄いのと、寝台の堅さに目をつぶれば特に不満など無かったし、宿の食事の味気無さにもようやく慣れてきたところであった。
ではなぜ転居を思いついたのか。
それはショウゾウを尾行する何者かの存在に気が付いたからである。
最初は気のせいかと思ったが、同じ道をぐるぐると回って見たり、急に引き返してみたところ、まず間違いないだろうと結論が出た。
その鍛えられた体つきと眼光。
清潔な衣類と整えられた髭。
尾行者の人相風体から判断するに、市井に暮らす一般の人々やその辺のごろつきなどではなく、城勤めの騎士や庶民より上の階級の子弟などではないかとショウゾウは推理した。
官僚時代、民間企業との癒着や談合などを嗅ぎつけて、記者などの尾行が何度か付いたことがあったが、その時のことをつい思い出してしまった。
尾行しやすいようにしてやろう。
ショウゾウは尾行をつけたのが十中八九、領主の息子ルカであろうと考えており、そうであるならばあえてその懐に自ら飛び込んでやろうと考えたのだ。
尾行を通して、自分がシロであることをあの若造に伝えさせる。
スキル≪オールドマン≫の秘密はおろか、ダンジョン消失の原因について、あやつは何も掴めていない。
もし儂が一連の異変の犯人だという確証があるのなら、呑気に尾行などさせず、領主の権限を笠に着て、身柄を確保するなりして、拷問でもなんでもすればよいのだから。
それをしない理由はただ一つ。
ルカは知りたがっておるのだ。
その人生経験の未熟さと、人より幾ばくかはあるらしい小賢しさ、そして好奇心の強さから。
動機、殺害方法、老いた死体の謎、そして儂の正体。
消失した迷宮についてはどこまで儂と関連付けているのかはわからない。
だが、奴は虫カゴを見つめる子供のような無邪気な瞳で、儂を観察し、ボロを出すのをじっと待っているのだ。
儂をすぐに捕縛しなかった判断の甘さをきっと、後悔することになるだろう。
いや、絶対にさせてみせる。
ショウゾウが中央地区の宿に転居した理由は、ルカへの挑戦的ともいえる反骨心によるものだけではなかった。
これまで冒険者ギルドや自分が住んでいた東地区では、スキル≪オールドマン≫による精気狩りをあまり行ってこなかった。
自分よりも凄腕の冒険者との遭遇は避けたかったし、何より自分の住居の近くでの人死にはあまり気分がいいものではなかったからだ。
疑いが自分に向く可能性を憂慮したこともある。
そのせいで≪老死病≫と見なされた死体の発見現場に地区ごとの偏りが生まれ、かえって自分が犯人であるという根拠のようなものを示す状況になってしまった。
だがどうやら追跡者の疑いの目はすでに自分に向いており、儂が転居したことで東地区の老死体が増えたのではかえって疑いが増してしまう。
それゆえに東地区では引き続き狩りを行わないという方針はそのまま継続する必要があるようだ。
ショウゾウはまだ見慣れぬ新しい宿の部屋の背もたれのある椅子に腰を落とすと、腹の上で手を組み、そして静かに笑みを浮かべた。
ショウゾウの頭脳には、若年のルカなどには思いつきもしないであろう新たな≪精気狩り≫の方法がすでにあったのだった。
ルカにも、尾行者にも気が付かれず、確実に精気を集める方法が……。
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