第61話 千々に乱れて

F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫のボスモンスターである黒大蜘蛛ブラック・ウィドウと戦うのは、ショウゾウにとって二度目のことであった。


前回は≪安全なる周回者≫というF級パーティと共同戦線を張り、攻略法に沿って安全に止めをささせてもらった。


今回はその時以上の陣容であり、自分の出番はないだろうとショウゾウは考えていたのだが、少し状況が変わってしまった。


領主の息子ルカが急に体調を崩したらしく、ボス討伐は見学に回ると言い出したのだ。

当然、その護衛であるマルセルもその傍らを離れるわけにはいかず、黒大蜘蛛ブラック・ウィドウはショウゾウたちとギルド長ハルスらギルドの者たちとで討伐することになった。



ショウゾウたちは、あくまでもハルスの立てた作戦に則った役割を担うことになり、特殊ドロップ品が得られるトドメ役は新人のエリックが行うことになった。


ルカが、迷宮消失の時の状況に近づけたいと、トドメ役にショウゾウを指名してきたが、やはり特殊ドロップ品が得られる権利を手放すのはどうだろうかというレイザーの巧みな誘導もあって、覆されるには至らなかった。


ショウゾウが自信なさげな態度で、弱気な発言を繰り返していたことも大きな影響を与えたようである。



戦闘が始まると、ショウゾウはあまり前には出ずに黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの複眼の一つの意識を向けさせる囮役に徹し、一度も魔法を使わなかった。


闇の魔法を得たことで、ショウゾウの≪火弾ボウ≫はかつてのそれとは比較にならないほどの威力と速度を備えており、それを見られることを嫌ったのだ。


戦いの最中、ショウゾウは自身に絡みつく異様なほどの執念を秘めたルカの視線に気が付いていた。


最初は気のせいかとも思ったが、自分に視線を向けている時間が明らかに他の者に対する時間よりも長く、その眼つきもどこか気に入らなかった。


まるで見ていることを隠す気が無いかの如く、挑戦的で無遠慮な視線だった。


まさか、儂がスキル≪オールドマン≫を使って殺しを行っていることに気が付いておるのか?

それとも迷宮の消失の件で疑われているのか?


平静を装ってはいたが、ショウゾウの内心は、千々に乱れていた。



無事に何事も無く、エリックが黒大蜘蛛ブラック・ウィドウの頭部を長剣で縦に切り裂いたのは戦闘が開始されてしばらくたった後のことだった。


エリックの動きはやはり未熟なうえに鈍重でなかなか決定的な一撃を加えられなかった。

歴戦の冒険者であったギルド長たちが幾度も切りつけ、弱らせるなどのお膳立てをしてくれたおかげでようやく討伐を成功させることができたのである。


特殊ドロップ品は、黒光りする金属の大盾で、エリックはまるでおもちゃを貰った幼子のように目を輝かせて、その場にいた全ての人たちに頭を下げて回っていた。




「ルカ様、どうでしょうか。この通り、≪悪神のたわむれ≫は異常なしだったと思いますが、調査を継続されますか? すぐ近くにはG級の迷宮もありますが……」


地上に戻ると、ギルド長ハルスは少し安心した様子でルカにそう話しかけた。


「うん、そうだね。平常の迷宮がどんな感じなのかは、私にはわからないけど、ベテランの君やマルセルがそう言うなら間違いないのだろう。あの大蜘蛛を倒しても迷宮内のモンスターが異常行動を起こすということも無かったし、再出現リポップも普段通りであるらしいとマルセルも言っていた。つまり、ボスモンスターを倒すという行為自体と迷宮の消失はあまり関係が無いのではないかという考えを裏付ける結果となってしまったわけだ。おそらく、そのG級のダンジョンでもう一度試してみたところで結果は同じだと考えている」


「では、ルカ様はこの後どう為されるおつもりですか」


「うん、どうするもこうするも事実を事実として受け止めるしかないだろうね。迷宮の消失がこの≪悪神の問い≫に限ったことなのか、そうでないのか。いずれにせよ事例が少なすぎるし、判断の材料が不足しすぎている。私は、ありのままを父上に報告するつもりでいるよ。さぞ落胆されるだろうけど、それによりオースレンが被る損失の査定や今後のことを話し合わなくてはならない。ハルス、君のところだって同様だろう?」


「はい。D級ダンジョンが消えたとなるとそこを縄張りにしていた冒険者たちは他所へと移っていくかもしれません。そうなると経費面からギルドの規模も縮小していかなくてはならないし、私の立場も楽観視できない状況になるかもしれない」


「お互いついてないとしか言いようがないね。迷宮を生み出したとされる悪神の機嫌を損ねることでもしたのかな、私たちは……」


ルカは軽くハルスの肘の辺りを触れて労をねぎらうと従騎士たちにこの場の調査を打ち切り、引き上げる命令を下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る