第60話 標的

F級ダンジョン≪悪神のたわむれ≫は地上一階、地下二階の三つのフロアから成る。

ダンジョンとしては比較的浅いが、その分、各フロアは大型のショッピングモールの何倍もの面積があった。


それゆえに≪迷宮漁めいきゅうあさり≫と呼ばれるダンジョン資源採集者たちの縄張りが各所にあり、普段であれば多くの冒険者の姿を目にすることになるのだが、すぐ隣の迷宮≪悪神の問い≫の異変のせいもあって、前回同様の人影は無い。


冒険者は命がけの商売ではあるが、自殺志願者ではないのだ。


安全がある程度確認されるまではこの状況が当面続くことになるだろう。


そうした事態を危惧してか、ギルド長ハルスもまたルカに同行することを志願してきた。

自らの目で迷宮に何が起こっているのか確かめたいとのことで、他に二人のC級冒険者を伴っている。


こうしてルカの随行者は、B級のマルセル、ショウゾウたちだけでも十分な面子であったのが、F級ダンジョンの難易度の割に大所帯になってしまった。



ルカ一行は、迷宮内に特段の異常が認められないことを確認しながら、あっという間に地下二階のボスモンスターの部屋目前にまで到達してしまった。


迷宮内の≪迷宮漁めいきゅうあさり≫たちがここ数日いなかったこともあり、徘徊するモンスターが多かったが、≪赤の烈風≫のマルセルをはじめとした実力者も多かったために、危ういと思われるような事態は皆無だった。


マルセルはルカの護衛に専心し、近付いてくる敵を屠ることに留めていたが、腕利きの元冒険者でもあるギルド長ハルスとその同行者たちが張り切っていたため、ショウゾウたちの出番はほとんどなかった。


だだっ広い無人の≪休息所≫に、それぞれの集団が塊になって荷物を降ろし、ボス討伐前の最後の休憩をとる。




「ルカ様、どうですか? 何か得るものはありましたか」


ルカとマルセルも≪休息所≫の隅に陣取り、水や食料を取りながら、小声で話をした。


「……やはり、あのハルスたちが邪魔だな。魔物が弱すぎて、ショウゾウたちを連れて来た意味がほとんどなくなってしまった」


「ショウゾウ? あのご老人がどうしたのですか」


「マルセル、君の目から見たあの老人はどんな感じだ。何かおかしなところは無いか?」


「おかしなところですか? まあ、今のところ目立った活躍はしてませんが、敢えて言うならば、かなりの壮健さですね。ハルスによれば、齢八十の半ばを過ぎているということでしたが……」


「そうだね。魔法使いというものは、そうでない人々と比較できぬほどに体内の≪魔力マナ≫が多いらしく、長寿の者が多いとは聞く。だけど、実際にはあのぐらいの年齢で迷宮に出入りしている魔法使いは少ないんじゃないかな」


「そうですね。皆無とは言いませんが、決して多くは無いでしょう。いかに魔法使いと言えども体力は常人と変わらないし、むしろ劣る印象すらあります。迷宮内の環境は過酷で、私ぐらいの年齢の者でも嫌になってしまうくらいですから、高齢の身にはよっぽど堪えるでしょう」


「ダンジョンに不慣れで、温室育ちの私は別にしても、あのエリックという新人だって、ここに来るまでの間にそれなりに疲労している。だが、あのショウゾウを見てごらん。あの高齢にもかかわらず、平然としている」


「まあ確かに、そう見えますね。でも、それは役割の差もあるでしょう。相手を引き受ける前衛と守られる立場の後衛では受けるプレッシャーも違う。それこそ高名な魔法使い≪真理の探究者≫デュマのように齢二百歳を超えて尚、A級ダンジョンに挑み続けている猛者もいないわけではないですし、……ルカ様はあのショウゾウという老人を疑っているのですか?」


「いや、疑いと呼べるような段階ではないよ。ただ、何か引っかかるんだ。うまく言えないがどこか不自然というか、違和感のようなものが感じられる。初対面時に、何気にあの老人の体に触れてみたんだが、見た目以上にしっかりとした体つきのように思われた。それは冒険者として培われたものかもしれないが、あの年頃の老人の枯れ木のような軽さは微塵も無かった。そして、あの目。魔物の動きをよく観察しているようであったし、仲間のエリックやレイザーが危険に陥らぬように、ハルスたちを上手く盾代わりにできる位置に誘導しているような節も私には見受けられた」


「考え過ぎではありませんか。ギルド長たちの顔を立てさせるために目立たないよう配慮しているだけかも」


「マルセル、だから私は疑いと呼べるような段階ではないと言ったよ。あのショウゾウは非常に興味深い存在で、たまたま≪悪神の問い≫の最後の討伐者になり、たまたま≪老死病ろうしびょう≫騒ぎが起こるほんの少し前にこのオースレンを訪れただけ」


「ルカ様、≪老死病ろうしびょう≫の件もショウゾウの仕業だと?」


「私は可能性の話をしているんだ。ギルド長から聴取した内容によると、ショウゾウは記憶喪失の状態で冒険者ギルドを訪れ、わずか数か月でD級ダンジョンを攻略するに至ったらしいが、それ以前は本当にただの素人であったらしい。ギルド長は我が事のように興奮し、その成長ぶりを称賛していたが、これって君の目から見て普通のことかい? 」


「話が飛躍しすぎている気がします。ショウゾウの仲間には、私が良く知るレイザーもいますが、彼も共犯だと? あの純朴そうなエリックは?」


「マルセル、声が大きくなりすぎているよ。落ち着いて。私は何もショウゾウが一連の騒動の容疑者だと断定しているわけじゃない。ただ何かしらの関係があるのではと疑っているだけだよ。君の旧知であるというレイザーのパーティ≪鉄血教師団ティーチャーズ≫は、ショウゾウを標的とした悪事を働き、そして彼以外の全員が死亡したと聞いている。その辺のいきさつを詳しく聞いてはいないかい?」


「……いえ、旧知と言っても向こうはパーティを見限って去った私を快くは思っていないようですし、実は避けられているんです」


「そうか。なんとかレイザーの話を、あのご老人がいない場所でじっくり聞きたいものだね」


ルカは離れた場所で休憩を取っているショウゾウたちの姿をため息混じりに眺めた。

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