第59話 グリュミオールの御曹司
調査隊一行が、複合迷宮に着いたのは二日後の昼過ぎだった。
最初にその場に散乱していた冒険者の異臭を放つ屍の残骸を
だが、到着するや否や、思いもしなかった発見があり、当初の予定など全部吹き飛んでしまった。
その他の迷宮に通ずる三つの出入口には目立った異変は無かったが、≪悪神の問い≫の入り口が消えてしまっていたのである。
「馬鹿な。確かに数日前にはここにあったのに……」
案内役の冒険者が信じられない様子で、開口部が消え、ただの岩肌と化してしまっていた場所を掌でぺたぺた叩いている。
この冒険者は、ショウゾウたちが報告した後、となりのF級ダンジョン≪悪神の戯れ≫から帰還し、第二報となったパーティのリーダーだ。
ちなみに≪悪神の問い≫以外のダンジョンの様子はこれまでと変わりなく、ショウゾウたちが体験した鼓動のような揺れには気が付かなかったそうだ。
複合迷宮と呼ばれるほど各ダンジョンは密着しているが、構造的にそのようなことがあり得るのだろうか。
いずれにせよ、自分が知るような通常の自然地震ではなかったということなのだろう。
密接する建造物であの揺れを感じないなどありえない。
人知を超えた何かとでもいう他は無かった。
迷宮の消失。
この現象もまたそうなのだろう。
あれほどの地下空間をこの数日の間に埋めることなど、到底、人間の為し得る業ではない。
グリュミオール家の従騎士たちも皆一様に動揺しており、ギルド長ハルス率いる冒険者側の人員たちもひどく青ざめた表情をしていた。
オースレンに四つある迷宮のうち、最も価値があると言っていいD級ダンジョン≪悪神の問い≫の喪失。
それは冒険者たちにとって、このオースレンの魅力を大きく損なうものであったようだ。
その落胆がその場の冒険者たちの表情に表れている。
G級ダンジョン≪悪神の誘い≫はあくまでも冒険初心者向けであるし、F級ダンジョン≪悪神の
残る最後の一つ、B級ダンジョン≪悪神の偽り≫は難易度が高すぎて、≪
その場の最悪すぎる雰囲気の中、一人だけ瞳を輝かせている人間がいた、
領主の息子ルカだ。
出入口があったという場所を叩いたり、耳を当ててみたりと一人で何やら色々と試している。
「本当に不思議な話だね。ダンジョンが消えて無くなるなどという話。マルセル、君はどこかでそのような話を聞いたことはあるのかい?」
「……いえ、このノルディアス王国の各地を旅してきましたが、そのような話はついぞ耳にしたことはありません。迷宮とはこの国が生まれるずっと以前からこの土地に存在し、我が国に繁栄をもたらした最大の要因と言っても過言ではありませんが、モンスターが迷宮外に出たとか、ある日突然消えて無くなるといった現象はこれまで恐らく確認されたことは無いはずです」
「つまり、このオースレンが記念すべき第一号というわけだ。偶然なのか、それとも必然であったのか。まあ、あとで同様の事例が無いかは確認させるが、数多く存在する迷宮の中で、よりにもよって当家が治める土地のこの≪悪神の問い≫が最初でなければならなかった理由は何だろう?」
「さあ……、俺のような一冒険者にはわかりかねます」
興奮した様子のルカの問いに、マルセルは困惑したような顔をして、ギルド長のハルスの方を見た。
「ルカ様、私が知る限りでもダンジョンの消失などという現象はこれまでなかったように思います。そもそもそのようなことが起こり得るという認識すらなかったのですから……」
「一流の経験豊富な冒険者も、ギルド長も同じ意見か。わからない……、いいね。無理に決めつけて答えを出そうとするよりかはずっとマシだろう。でもね、このまま手ぶらで城に戻るわけにもいかないし、グリュミオールの者として責務を果たさなければならない」
「どうするつもりですか?」
「そうだね。ひとまずここに調査のための拠点を築こう。そして皆には当初の計画通り、この場所の調査を進めてもらう。そして、そうだね……。私はこのF級ダンジョン≪悪神の
「ルカ様、お待ちください!現存する他の迷宮の調査が必要とあれば、我ら冒険者ギルドにお任せを。迷宮はルカ様のような高貴な出自の方が足を踏み入れるような場所ではありません」
「それはおかしいね。かつて冒険者ギルドが誕生するよりもずっと大昔に、私の祖先たちがこれらの迷宮を発見し、攻略したという言い伝えが当家には残っているよ」
「しかし……」
「このオースレンの富はこの複合迷宮から得られたと言っても良いのに、
ルカの歯に衣着せぬ発言にハルスも従騎士たちも気が気ではない様子だった。
「この目でダンジョンとは如何なるものか確かめる必要がある。もちろん話には聞いてどのようなものか最低限の知識はあるつもりだよ。だが、迷宮を徘徊する魔物たちの息遣いや侵入者を拒む罠などは実際に入った者にしか実感としてわかるまいと思うんだよ」
「……わかりました。しかし、万が一にも何かあっては私も領主さまに合わせる顔がございません。ギルドは王家直轄の組織ですが、このオースレンにおける活動を支援してくださっているグリュミオール家の御曹司に万が一のことがあっては私も責任を問われます。ギルドからも護衛をつけますので、この件は何卒ご了承のほどを……」
「いいよ。もともとそのつもりだった。当家が直接雇用しているこのマルセルに加えて、そちらの三人を貸していただきたい」
ルカがそう言って指差したのは、ショウゾウ、レイザー、エリックの三人だった。
なぜ自分たちを指名したのか。
ショウゾウはルカの意図を図りかね、ひどく困惑したが、それを表に出さぬよう、努めて平静を装った。
何か発言すればボロが出そうであったので、口をつぐみ成り行きを見守ることにした。
年相応の愚鈍さと鈍さを装いながら。
「お待ちください。当ギルドにはもっとランクが上の冒険者おります。そちらの者を……」
「ハルス、もうこれは決定したことです。拒否するなら、私とマルセル、それと従騎士数名だけで潜ります。それでもよろしいですか?」
ルカの瞳にはその年齢にそぐわぬ強い意志と妙な迫力のようなものが宿っており、ハルスも渋々、首を縦に振ることになった。
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