第58話 悪との遭遇

D級ダンジョン「悪神の問い」の調査が行われることになった。


ギルド長ハルスの報告を受けた領主コルネリスは、従騎士隊を指揮させている実子のルカに、冒険者ギルドと協力して調査を執り行う様に命じたようだった。


オースレンを統治するグリュミオール家にとって、北の複合迷宮は最重要の財源であり、その異変は長く続いた家の繁栄に影を落とすことになると深刻に受け止めたようである。


調査隊の規模は従騎士二十名ほどで、その他に例の≪赤の烈風≫マルセルの姿もあった。

グリュミオールの紋章が刻まれたサーコート姿の従騎士たちの中にあっても、マルセルの真紅の鎧はひときわ目立ち、すぐにショウゾウの目についた。


マルセルもまたショウゾウたちの姿に気が付いたようだ。


マルセルは同様に赤い兜を脇に抱え、手を振りながらこちらに近づいて来た。


「やあ、レイザー。それにショウゾウさんたちも!なかなかに俺たち、縁があるな」


「なんで、お前がここにいるんだ。連続不審死事件とやらで忙しいんじゃなかったのか?」


レイザーは本当に嫌そうな顔で言った。


「ははっ、そっちの方はまるで進展が無くてね。なにせ、まったく被害者が出なくなってしまった。俺もやることが無くて、ついにクビかという時にこの騒動が起こったていうわけだ」


「そのままクビになっちまえばよかったのにな。相変わらず、悪運の強い奴だ」


「まあな。それにしても、レイザー。この迷宮の異変に最初に気が付いたのはお前たちなんだってな。何か隠してることがあったら、俺だけにこっそり教えてくれよな」


「仮に何か知っててもそれだけは御免だぜ」


両手を広げオーバーリアクションでがっかりして見せるマルセルの後方から誰かが近づいて来た。


背がひょろりと高く猫背気味で、屈強そうな従騎士たちの中にあって、マルセルとは別の意味で目立つ若者だった。

髪は赤く、その下の顔はまだ少し幼さが残りつつも、まるで学者か何かのような知性を感じさせる顔立ちだった。


「マルセル、随分と楽しそうにしているね。そちらの皆さんは?」


「ルカ様、紹介します。こちらが旧友のレイザー、そしてこのご年配の方が最近なにかと有名であるらしいショウゾウ氏。そして、君がエリックだったかな」


「覚えていただけてて光栄です」とエリックが満面の笑みを浮かべ、「何が旧友だ」とレイザーがこぼした。


「そうか、あなたがショウゾウさん。お名前はかねがね……」


ルカはそう言うと長い指をした華奢な手でショウゾウの手を取り、しっかりと握った。


ショウゾウは、なぜ自分が有名などと言われねばならないのか、そしてこのルカという若者に名前を知られていることを薄気味悪く思いながら、愛想笑いで返した。


随分と若いな。

儂のひ孫ぐらいにおっても不思議はない若造ではないか。


それがショウゾウの第一印象だった。

当然、このルカが、スキル≪オールドマン≫による連続不審死事件を嗅ぎまわっていることは、マルセルから聞き、把握していた。


だが、エリックよりも年下に見えるこの青年と呼ぶには若すぎる者がそれを担っていたという事実はかなり意外なことだった。


「グリーンスライムの宝珠オーブを完品で手に入れたんですよね。あれ、僕も見させていただいて、本当に素晴らしい状態でした。無理を言って自分のものにしたかったんですが、先約があったんですよね~」


ルカは目を輝かせながら、今度は肩に手で軽く触れてきた。


「ルカ様、そのショウゾウさんは迷宮の異変の第一目撃者です。レイザーたちともども、迷宮外に這い出てきたという魔物の群れを実際に目にしたそうです」


「そうだったんですね!宝珠オーブの件といい、今回の件といい、ショウゾウさんは相当の強運の持ち主とお見受けします。なにせ、これまで例を見ない二つの異例をこの短期間のうちに体験できているんですから。本当に、羨ましい限りです。僕もあやかりたいな」


一瞬、この若者が、何かを見透かそうとするような目つきになった気がした。


自分の好奇心を満たしたいがためだけに他者の領域に土足で踏み込んでくるような純粋で、無自覚な悪。


ショウゾウは、このルカの目にそういう印象を持った。

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