第56話 積もる問い

数時間後、エリックは目を覚ました。


そしてショウゾウの姿を見つけるや否や駆け寄り、抱き着いてきた。


「くっ、エリック。離さぬか。むさい男に抱きつかれて喜ぶ趣味は儂にはないぞ」


「よかった。本当によかった。僕のせいで、僕のせいで……本当にごめんなさい」


エリックは大べそをかきながら、何度も同じような言葉を繰り返し、なかなか離れようとしなかったが、ついにはうんざりとした様子のショウゾウに強引に押しのけられてしまった。


「そんなに元気ならば、はやくここを出る支度をするんじゃ。置いていくぞ」


ショウゾウの言葉に、エリックはようやく自分の体の傷が消えていることに気が付いたのか、驚いたような顔をして、もう一度ショウゾウに抱きついてきた。



≪休息所≫を出た一行は、静まりかえった迷宮内を進み、地上を目指した。


そしてその途中、あともう少しで出口だというところでおぞましい光景に出くわしたのである。


出口前の通路におびただしい数の魔物が床をのそのそと這い進んでいたのだ。

どうやら魔物の群れの地上への行進に追いついてしまったようだった。


蛞蝓なめくじのような魔物や不定形のスライムのような魔物、百足のような魔物に、クロウラーの色違いのような魔物もいた。

先頭を行くエリックが「うげえっ」と情けない声を漏らしたが、そのせいだろうか、少し行進の速度が速くなり、出口に急ぐような様子を見せた。


「おかしいな。こんなに近づいているのに襲い掛かって来る素振りも見せない。連中、出口しか見えていないみたいだ……」


「おい。レイザー、見ろ。おぬし、たしか、迷宮の魔物は外には出れないと言っていたな」


疑問を口にしたレイザーにショウゾウが声をかけた。

そして出口の先を指差す。


魔物たちは塵になることも無く、続々と外に飛び出していっていた。




「こりゃあ、大変だ。はやく冒険者ギルドに知らせなきゃ」


出口付近の魔物がいなくなったのを見計らって、エリックが駆け出したが、外に出た途端に急に立ち止まった。


「エリック、どうした?」


そういってエリックの背後からその先の光景を覗き込んだレイザーも身動きを止めた。


オースレンの複合迷宮の前にいくつもの人間の死体が転がっていたのだ。

しかもそのほとんどが食いあさられ、もはや原形を留めていなかった。

装備品と肉がこびりついた骨の残骸からかろうじてそれが冒険者のものであろうことが伺えただけで正確な人数や素性などは判別不能であった。


「こりゃあ、ひでえな。魔物の群れと鉢合わせになったんだろう」


もはや死体に群がる魔物の姿は無く、近くの森に散って逃げ込もうとしている先ほどの鈍重そうな魔物の姿がちらほらあるだけだった。


「それにしても、ダンジョンの魔物が迷宮外に出るなんてこと、この目で実際に見ても未だに信じられねえ。これは何かの悪夢じゃないかと未だに思っている。これがもしA級やS級のダンジョンだったなら、どうなっていたことか。考えただけでもションベンちびりそうになっちまうぜ」


「レイザー、無駄口を叩いている場合ではないぞ。魔物たちがまだその辺にうろついておるかもしれぬし、この迷宮の魔物も打ち止めになったとはまだ限らん。なにせ、わからぬことだらけなのだからな」


「確かに、その通りだ。それで、ショウゾウさん、これからどうする?」


「どうするも何も、オースレンに帰って、ギルドにこのことを報告するほかはあるまい。冒険者証だったか? あれがあればここで命を落とした者たちの身元が判別するであろうし、遺留品も持っていけるだけ持って行ってやろう。何かわかるかもしれんしな」


そう、この冒険者証というやつも面倒な代物だ。


どういう仕組みになっているのかわからないが、魔物が息絶えた時に発するらしい微量の何かを検知し、それを記録するらしい。


儂がこの「悪神の問い」のボスモンスターをいつ頃討伐したのかも記録しているはずで、迷宮の異変の原因と結びつけられてしまう可能性も少なからずある。


何か納得のいく説明を考えておかねばならぬだろう。


オースレンの街と冒険者の身分を捨て、何処かに逃げる手も無いわけではないが、かえって怪しまれることになるであろうし、それは最終手段だ。


冒険者ギルドは各地に存在する大規模な組織であるということだし、お尋ね者にでもなってしまったら、それこそ目も当てられない。

オースレンを出ることなど露ほども考えてもいなかったので、外の世界についても不勉強であるし、リスクが大きすぎる。


何はともあれ、この哀れな屍たちと同様に、迷宮の異変に巻き込まれたというていで、乗り切る他はあるまい。



青ざめたエリックをの肩をポンと軽く叩くと、ショウゾウは散在する所持品を集め始めた。


そして、人知れず思索する。


この現象の意味することは何なのか。

儂がD級ダンジョン「悪神の問い」のボスモンスターを倒したことと関連があるのか。

あの台座に現れた怪し気な男の正体は何か。

そして、あの男が残した言葉の真意は?


『各地に点在する迷宮を周り、己が力のみでその守護者を討ち滅ぼすのだ。その身に宿った闇が偽りの光とその戒めの効力を破り、封じられていたイルヴァースの闇が力を取り戻す』


イルヴァースの闇が力を取り戻すというのはいったいどういうことだろうか。


問いがそのまま問いとして残存し、積もっていく。

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