第55話 迷宮の魔物
台座の上の怪しい人影が消えるのとほぼ同時に、ダンジョン全体が揺れ始めた。
それは最初微かなものであったのが次第に大きく、しかも心臓の鼓動のような感じで揺れ出したのだった。
このような揺れ方をする地震など今までに経験が無く、地下ということもあって、生き埋めなどの最悪の事態が予想されたが、ショウゾウは慌てても仕方が無いと心を落ち着けた。
ここは地下四階。
運が悪ければ、どうあがこうとも助からない。
今は、自分の運を信じる他は無い。
大理石のような質感の床に腰を降ろし、≪
そして打撲になっていた左ひざに、安ポーションをかけ、応急処置を済ませると、次第に揺れがおさまってきた。
≪
ショウゾウはボスモンスターの部屋を出て、この階の≪休息所≫を目指すことに決めた。
このままここでじっとしていても、また
ショウゾウは扉を静かに少し開け、その隙間から慎重に外の様子を窺った。
聞き耳を立てても、魔物の吐息や足音と言った物音は聞こえず、気配も感じられなかった。
意を決して扉から室外に出ると、魔物の姿などは無く、ただひたすらに静まり返っていた。
ショウゾウはそのまま壁に印をつけつつ、迷わぬように通路を進み、魔物などが近づくことが無いという不思議な部屋≪休息所≫を目指したのだが、あっさり着いてしまった。
奇妙なことに道中、魔物の姿は一匹も確認することはできなかった。
「……おかしいな。このフロアは魔物が出現しない特殊な階層なのだろうか」
ショウゾウは、この疑問を確かめるべく、≪休息所≫の外に再び出て、地下三階への昇り階段を探してみた。
魔物がいないのは地下四階だけではなかった。
地下三階も、そのまた上も。
しかも仕掛けられていたトラップの類もすべて無くなっていた。
何が起こっているのかまるでわからない状態であったが、ショウゾウはこれ幸いとレイザーたちとの合流を目指すことにした。
魔物も罠も無い、静寂に包まれた迷宮をショウゾウはひたすら上を目指して歩いた。
そしてついにレイザーたちと合流することができた。
レイザーたちは地下一階の≪休息所≫に留まっており、その理由は新人のエリックが重傷を負って動けなくなっていたからだった。
レイザーも意識こそ保っていたものの、無傷ではなかった。
「……ショウゾウさん、あんた……あの魔物の群れの中をよく無事で……」
「レイザー、少し黙っておれ。今、傷を癒す。≪
ショウゾウは、レイザーの腹部の傷に手を当てると命魔法を使った。
レイザーの傷は消して浅からぬものであったが、傷はあっという間に塞がり、レイザーの顔に血色が戻った。
やはり闇魔法を得たことで他の魔法の効果も増強されているようだった。
今度は、ぐったりと横たわっている傷だらけのエリックのもとに歩み寄り、同じように≪
「駄目だ、ショウゾウさん。そいつの傷は重く、深い。≪
そう背後から声をかけてきたレイザーが息を呑む音が聞こえた。
意識こそ戻らなかったが、≪
「なんてこった。こんな≪
「さて、これほどの重傷者を治したことはないから何とも言えんが、見た目だけは綺麗になったな。あとはこいつの生命力と運次第といったところなのだろうが、≪
そういってショウゾウは心底疲れ切った様子で腰を降ろした。
正直言って、誰かの精気を吸いたくてたまらない。
「それで、レイザー。一体何があったんじゃ?」
「……あ、ああ。そうだ。ショウゾウさん、あんたが落とし穴に落ちてから、俺とエリックでなんとか一つ下の階までは何とか辿り着いた。相当無茶もしたし、怪我もしたが、エリックの奴が助けに行くと言って聞かなかったんだ。まあ、責任を感じてたんだろうな。俺も、一つ下の階に落ちたなら、慎重に魔物を避けながら行けば何とかなるかもと思っていたんだが、突然、大きな地震があって、その直後に下の階層から魔物たちが溢れ出てきやがったんだ」
「魔物が溢れ出て来たじゃと?」
「ああ、間違いねえ。地下二階には出現しない魔物も混ざっていたし、下の階層からやって来たとみて間違いはないだろう。俺たちはその魔物の群れから必死で逃げてこの≪休息所≫に避難したんだが、途中でエリックが動けなくなって、ここで立ち往生していたというわけさ。ショウゾウさん、あんたが来てくれなかったら、きっとエリックの奴は助からなかっただろうし、俺もどうなっていたことやら……」
「ふむ、何はともあれ互いに無事でなによりじゃった」
「俺も長いこと、迷宮の探索者をやってるが、こんな異常な事態は初めてだった。それになんというか、あの魔物たちは少し様子が違っていたんだ」
「様子が? どういうことじゃ」
「ああ、上手く言えないんだが、なんというかな……まるで地上に生息している野生の魔物みたいだったよ。目に意志があるっていうのかな、とにかく生き物っぽいんだよ。迷宮の中にいる魔物はまるでそう動くことを宿命づけられでもしているかのように、そう、機械的なんだ。自分の命を守るような行動よりも俺たち侵入者を排除するような行動を優先させるといった感じの行動規範とでもいうべきものに縛られているみたいなんだ。罠と同じで迷宮の仕掛けの一種なんじゃないかと思うほどにな」
「言われてみればそのようにも思えなくもない」
「その魔物たちが我先に上階を目指しているかのように俺の目には映った。迷宮の魔物は外には決して出れないというのにさ」
「それは初耳だな。どういうことだ。外の世界にも魔物はおるだろう」
「ああ、確かに。だが迷宮の魔物と外の魔物は全くの別物だと言われている。これはあくまでもおとぎ話だと思うが、太古の昔に神さん同士の争いがあって、その時に大半の魔物は滅びたらしい。今、生息している迷宮外の魔物はその生き残りという話だな。一方で迷宮の魔物は、迷宮の不思議な力が生み出した番人のようなもので、自らダンジョンの外に出ようとは決してしない。無理矢理外に連れ出そうものなら、塵のようになって消えてしまうし、迷宮外では決して生きられないようなんだ」
レイザーの話が本当であるならば、まったくおかしな話に思われた。
気候変動や環境の変異で、野生動物の群れが思いもよらぬ場所で大量死していると言ったニュースを目にしたことがあったが、それと同じようなものであろうか。
迷宮外に出られないはずの魔物たちが地上を目指していた理由は一体なんだ?
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