第52話 ルカの予言

老死病ろうしびょう……、いやこの連続不審死の発生時期には法則性がある。


同じ日に殺されたと思われる人数は、初期は三、四人で、次第に少しずつ多くなっていく傾向にある。

このことが病であるという憶測を生み出し、老死病ろうしびょうなどという在りもしない病名を流布させることになったのだ。


だが、この一連の不審死が病気などではないという明確な根拠がいくつか明らかになりつつある。


老死病ろうしびょうだと言われている遺体を、処刑が決まっている者と同じ牢に数日入れて、寝泊まりさせても感染したという事例は存在しなかったし、そもそもルカ自身がすでに何度も触れているが発症の兆しはない。


感染経路が無いなら、それは伝染病の類ではない。


同じ日に、ごく限られた地域で複数見つかるが、その後、同様の不審死が起こるのは別の地域であることが多いのも、ルカが病気説を否定する根拠となっていた。



一晩に死ぬ被害者の数が多くなっているというこの傾向が示すのは病気による拡大などではなく、これを行っている加害者の慣れとの上達だ。


犯人は回数をこなすにつれ、人殺しに慣れてきているのだ。


初期の頃から、一晩に何人も殺していることから、そもそもが初犯ではあるまい。


罪人の処刑に立ち会った時でさえ、ルカはしばらく動悸が治まらず、食欲が無くなったりするのだが、この犯人にはそれが無い。


人を殺すという行為に心が揺らがぬ者。

あるいは、生まれながらの生粋の悪。


ルカは必死で犯人像を想像してみるが、今はまだそれしか浮かばない。



そして被害者が発生する頻度やその日付からも浮かび上がってくる法則がある。


それは、ある時期まとまって老いた遺体が続日発見されるが、その後しばらく空白の期間があるということである。

つまり、この不審死の発生にはある程度規則正しい周期のようなものが存在するのだ。


時折、この法則からはみ出すイレギュラーな遺体も無いことは無い。

だが数日発生して、また数日何も起こらない日が繰り返される法則を否定するほどのものではない。


「おいおい、ルカ様。その手に持った飲み物、いつまでそうしておくつもりだ。口に運ぶ前に冷めてしまうぞ」


同じテーブルの斜め向かいに座っていたマルセルにそう指摘され、ルカはようやく思索の海から現実に戻ってこれた。


「ああ、すまない。少し考え事をしていたんだ」


そして、思い出したかのように従者のモリスが入れてくれたアローヌ茶を口に運ぶ。

マルセルの言葉通り、もうすっかりぬるくなってしまっていた。


「考え事ですか。てっきり捜査が行き詰って、意気消沈しているのかと」


「行き詰る……。確かにそうだね。偶然だと思うが、兄ギヨームが祈祷師を呼んで儀式させたタイミングで、被害者がぱったりとでなくなった。兄はとても自慢げなご様子であられるし、街の者たちの中にも、祈禱が効いたのだと安堵する声が出始めているようだよ。最後の犠牲者が出た日……、そう、ちょうどマルセルが私に協力してくれることが決まったあの日の夜に衛兵の詰所つめしょで発見された老死体ろうしたいがひとつ。それを最後にもう十日近くも犠牲者が出ていない」


「随分と残念そうですね」


「……まさか、マルセル。君が犯人じゃないだろうね」


「まさか! 冗談はやめてくださいよ。私がこの街に来る前にもうとっくに老死病ろうしびょう騒ぎは……」


「ははっ、冗談だよ。君が意地悪なことを言うからだ。でも、そうだね。これ以上死人が出ないならそれが一番だよ。君にとっては失業になってしまうけどね」


「ルカ様にはかなわないな……」


「それはそうと、今少し閃いたんだが、少し……冒険者のことについてご教授願えないかな。特に迷宮攻略を生業とする冒険者について。どんな準備をして、何日くらい迷宮に籠るのか。その活動は、収入は、生活は? どんなことに興味がある?そういったことを私に教えてほしいんだ」


「なんでまた急に。家を飛び出して、冒険者にでもなろうというのですか?」


「いや、まあ、それも良いかもね。窮屈なこの家を出て、気ままな冒険者暮らし。うん、悪くない。でも聞きたい理由はそれじゃないんだ。今はまだ憶測で、何も言えないけどね。≪赤の烈風≫マルセル、君を雇ったことがきっとこの事件解決の糸口になると、私は予感めいたものを、今、いだいているよ……」


ルカはその赤髪の下の知的で端正な顔に、年齢に不相応であると感じる不敵な笑みを浮かべて、困惑した表情のマルセルを見た。

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