第51話 避けるべき愚行
呂律が回らなくなり、一人で立っていられなくなったサムスを家に連れ帰ってやった。
サムスの家は西地区にあり、この酒場からもかなり近かったが、
サムスの家は、西地区の長屋の様な集合家屋にあって、妻と子供六人の大所帯だ。
深夜、それもいきなりの訪問で皆起こされることになり、肝っ玉母さんといった風貌のサムスの女房は始終機嫌が悪かった。
酒を飲み過ぎた上に、ショウゾウに幾ばくかの精気を吸われたこともあって、女房が叩こうが水をぶっかけようがなかなか動くことができず、呆れられて家の出入口付近にそのまま放置されていた。
ショウゾウは、サムスを引き渡すとくわばらくわばらと早々にその場を退散し、家路についた。
酒を奢った上に、家まで送り届けるとはなかなかに自分もお人好しではないかと思わないわけでもなかったが、これにはしっかりとした狙いがあった。
当面、命を奪わないと決めた以上、そこいらで勝手に死なれては困るし、こういった人情家気取りのお節介焼きには恩を売っておくというのがなかなかに効果的であるのだ。
外面が良く、自分は人に世話を売りたがるくせに、他人に借りを作ることを極度に嫌う。
それは、人に親切にすることで、相手より自分は上等な人間だと思うことができるし、他者に頼られるしっかりとした自分というアイデンティティを守ることにつながるからだ。
サムスが翌朝、
酒に酔い、醜態を晒した挙句に、家に送り届けてもらったなどという失敗を、そして己を責めるはずである。
当然ショウゾウには当分の間、合わせる顔が無いであろうし、もし勇気を振り絞って来てもこれまでのような世話をしてやったといった心理的優位には立てまい。
しかも、この後、あの気が強そうな見た目の女房にこってりやられるであろうことは目に見えているし、へたをすれば酒を飲みに行くことも禁じられることになるかもしれなかった。
仕事も忙しいようであるし、これでしばらくは付きまとわれずに済むだろう。
ショウゾウはその夜は狩りをせず、真直ぐ家路に着いた。
帰り道、衛兵の巡回に出くわしたが、「友人である西門の番兵サムスを家に送り届けた帰りだ」と説明し、冒険者証を見せると衛兵たちは「爺さん、気をつけて帰れよ」と少し軟化した態度ですぐに解放してくれた。
所属先が違うとはいえ、やはり仲間意識のようなものがあるのだろう。
サムスのこともしっかりと知っていた風だった。
それから三日ほどは、スキル≪オールドマン≫による精気狩りを行わず、魔法院に通ったり、レイザーたちと次の迷宮攻略に着いて話し合うことなどに費やした。
このイルヴァース世界にやって来てから、もっとも平穏で刺激が無い時間であったと言えなくもなかった。
誰も殺めず、自らも危機に陥ることが無かったからだ。
しかし、そうした日々に飽きてしまうのもまた自分なのだとショウゾウは己という人間を理解していた。
限られた人生の時間を無為に過ごすなどということはもっとも避けるべき愚行であると考えているし、停滞こそがもっと憎むべき悪だとも考えていた。
そうなってくるとあの攻略未達成のあのD級ダンジョン「悪神の問い」が恋しくなってくる。
ショウゾウはレイザーたちに「悪神の問い」への再挑戦を提案し、翌日の出発を決めた。
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